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「あ、飛雄!」

 廊下の先にスポーツバッグを持った飛雄を見つけ、私は小走りで駆け寄った。今日が大事な日であることはわかっている。だがどうしても直接飛雄に言いたかったのだ。

「明日の試合頑張ってね! 私絶対応援に行くから!」

 笑顔と拳を作り、飛雄に掲げてみせる。漫画のように彼氏にお弁当を差し入れることもできない私ができるのはこれくらいだろう。バレーボール自体を支えられなくても、せめて飛雄の精神面を支えたい。飛雄は唖然とした顔をした後、口元を押さえて俯いた。

「やべぇ……今のすげぇぐっときた……好きです……付き合ってください」

 どうやら今の応援は想像以上に効果があったようだ。照れを噛み殺しながら、私は事実を述べる。

「もう付き合ってるよ」
「じゃあ結婚してください」

 要するに飛雄は、私の言葉に突き動かされたということを表現したいのだろう。それが残念な頭の飛雄にかかると、既に付き合っている恋人に交際を申し込むことになるわけだ。私はまた唇を尖らせた。

「男の子は十八歳にならないと結婚できないよ」

 こういう時くらい可愛らしく「私も結婚したい」と述べるべきなのだろう。だが口に出すにはあまりにも重い出来事だし、私は飛雄を諌める立場だと信じて疑わなかった。飛雄は腰に手を当てて床を見下ろす。

「じゃあもうどうしようもないじゃないですか……苗字さんのことすげぇ好きです……付き合う以上のことがしてぇ」

 飛雄の気持ちはわかるが、残念ながら十六歳の私達ができるのはここまでだ。どこまでも素直な飛雄に羨ましさすら覚える。それと同時に、私は一つの可能性に辿り着いた。

「なんかそれ誘ってるみたい」

 私は居心地の悪さを感じで目を逸らした。私達は既に体の付き合いもある関係だ。付き合う以上のことがしたい、と言われたら自然とそういうことを思い浮かべてしまう。飛雄は数秒置いた後、慌てて否定した。

「そういうわけじゃ」
「いいよ」

 飛雄の言葉を遮って声を張る。戸惑った様子の飛雄を責めるように睨みつける。

「試合が終わったら、いいよ」

 飛雄はぽかんとした後、拳を握って「よっしゃ!」と言った。

「あざす! 俺頑張ります!」

 想定していなかった予定を立ててしまったが、飛雄の元気になったならよかった。私は体育館へ走る飛雄を見送った。