▼ ▲ ▼


「三枚ブロックが目の前にあって、それを超インナーで打ってやったわけ! そうしたら相手ブロックも驚いた顔してて、やっぱ俺最強!って思ったね」
「そ、そうなんだ……」

疎に人の残る放課後の教室にて、現在私はクラスメイトの木兎から熱弁を受けていた。何故木兎が私なんかに話しかけるのかも、木兎の話している内容が何なのかもまるで分からない。ただ木兎の身振り手振りから、それは木兎が心血を注いでいるバレーの話なのだろうとは思った。うちの男子バレー部は強豪で有名だ。その中でも木兎はエースだと聞いている。そんな人と私の関わりなどただ席が近いくらいだと思っていたのに、どういうわけか木兎は先程から一方的に話しかける。私が話の内容について行けていないことなどまるで気にしない様子で、木兎からはただバレーが楽しくて仕方ないのだろうということが分かった。

「木兎さん、伝わってませんよ。それ」
「赤葦!」

急に教室の出入り口からこちらに話しかけてきた男の子は木兎の後輩だろうか。三年のフロアではあまり見ない顔だ。赤葦と呼ばれた彼はエナメルバッグを斜めに掛けると、木兎のいる場所、つまり私の席に真っ直ぐに向かってきた。

「何やってるんですか。明らかにこの人困ってると思うんですけど」
「苗字に俺のこと好きになってもらおうとしてんの! 今いいとこだったんだよ!」
「それで何でバレーの話をするんですか」
「だって俺=バレーだろ!? 俺を好きになってもらうためにはまずバレーを好きになってもらう必要がある!」
「その理論はよく分かりませんが、言って大丈夫なんですかそれ」

そう言って赤葦君は私を見た。この数分間まるでいないもののように扱われていた私に注目が集まるのが分かる。赤葦君の言う通り、好きになってもらうためにバレーの話をするのもそれを本人の目の前で話すのも理解できないけれど、無神経なら無神経で最後まで貫き通してほしい。私の存在などフェードアウトしたままでよかったのに。だって話を聞いていれば、木兎は私のことが好きだ。こんな時にどう反応すればいいかなんて私は知らない。目の前で漂う恋愛の香りへの興奮より、クラスメイトもいる手前人気者の木兎に告白まがいのことをされて明日からどうすればいいのだろうという気持ちの方が勝っている。私は恥ずかしさを我慢しながら木兎を見ると、ようやく私の方を見た木兎と目が合った。

「俺にバレーの話されて、困ってなんかないよな?」
「あ、うん……」
「今そこなんですか」

半分くらいは嘘であるけれど、木兎にバレーの話をされるのはそこまで困らない。問題なのは、私が好きだと仄めかすようなことをクラスメイトのいる教室で堂々と言われることだ。

「返事を求めているわけでもないのにいきなり好きだと言われる方が困ると思うんですけど」
「いいじゃん! 俺は苗字が好きなの!」

今度こそ木兎は、はっきりと、そして今までにない大声で言ってのけた。クラスメイトの視線が木兎に集まるのが分かる。ああ、もういっそ殺してほしい。「だからそういうのが困ると思うんですけど」と言った赤葦君にまた何か言おうと木兎が口を開いたので、私は縋る思いで木兎の手を引いた。

「分かった、分かったからバレーの話の続きして?」

私からすればこれ以上大声で私が好きだと言われてしまうことを避けるための打開策でしかないのだが、木兎は私の何らかの好意だと受け取ったらしい。目を輝かせて私を見る木兎に、赤葦君が諦めたような目で立ち去った。