▼ ▲ ▼

 元彼の研磨が動画サイトを始めたと聞いたのは大学に入って数ヶ月経った頃である。その頃には既に有名になっていて、研磨を取り沙汰したまとめサイトのようなものも出てきていた。私は慌ててSNSの過去の投稿を消した。私のアカウントは公開アカウントだし、そうでなくても誰にリークされるかわからない。人気動画配信者の過去の女として余計な注目を浴びるのはごめんである。写真に映りたがらない研磨を引っ張って観光スポットへ連れて行ったことを懐かしく思いながら、私はスマートフォンを操作した。

 研磨から連絡が来たのはそれからすぐのことだった。私のSNSを監視でもしていたのだろうか。研磨は目敏く削除された投稿に触れた。

「何で消すの」

 当時は公開SNSに顔を載せることをあれだけ嫌がっていたのに、大した変わりようである。動画配信が研磨を変えてしまったのだろうか。何も答えずに既読だけつけると、追い討ちとばかりに続けられた。

「別れたと思われるじゃん」

 これには私も返信せざるを得なかった。思われるも何も、私達はとうに別れているのである。別れた時点で写真を消しておけばよかったと少し後悔した。

「周りには付き合ってるって思わせとけばいいのに」

 研磨が何を考えているかわからずに私は画面を見つめる。今、恋愛の駆け引きが始まろうとしているのだろうか。

「おれ登録者数多いし。おれでマウントとっていいよ?」

 マウントとは女子特有の文化である。動画配信者で社長の研磨を彼氏だと言えば大層なマウントがとれるのかもしれない。だが、人より上に行くために嘘をつく必要もないだろう。

「嘘のマウントほど虚しいものはないから」

 私が断ると、数秒溜めてから新しいメッセージが入った。

「じゃあ本当にする?」

 無数に張り巡らされた電波の先で、研磨がどんな顔をしているのかまるでわからない。研磨はちょっと私をからかってやろうと思っているのだろうか。それとも、本気で私を好いているのだろうか。私のSNSの変化に敏感に気付くことから後者のような気がして、私は咄嗟にスマートフォンの画面から目を逸らした。今、私が興味あるのは研磨でマウントをとることではない。研磨と再び付き合って、研磨の隣に戻ることだ。研磨にどう伝えるべきかと、私はもどかしい思いで天井を見上げた。