▼ ▲ ▼

 私が同人活動を始めたのは中学二年の時だった。携帯電話を買い与えられ、インターネットのブラウザで好きな漫画のタイトルを入力したら所謂カップリングものが出てきたのだ。少女漫画も好んで読んでいた私が男女カップリングに傾倒するのは当然の流れだった。拙いながらも文章を書き始め、今では同人誌を発行するまでになっている。即売会に参加するのも二桁目となる今日、私はとある決意をしていた。出版社の出張編集部に、自分の本を持って行くのだ。

 本業の作家になりたいと思っているわけではなかった。しかし自分の文章がプロ相手にどれだけ通じるかには興味があったし、アドバイスを貰えたら今後の同人活動の糧になるかもしれない。数人の列に並んだ後、いよいよ私の番が来た。

「こんにちは。作品を見せていただけますか」
「あ、はい」

 私は今回の新刊を慌てて差し出す。担当の編集者は、眼鏡をかけ直して数ページめくった。

「カップリングものですか」
「はい……」

 私の声は消え入りそうに小さかった。それもそのはずだろう。私の目の前にいるのは、一年前から私と付き合っている彼氏・赤葦京治なのだ。京治は真顔で本を読みだした。その間私は羞恥に耐える。

 アニメや漫画が好きだということは話したが、同人活動について言ったことはなかった。即売会とデートが被った時は、どうしても外せない用事だと言って即売会を優先したことがある。書き手ならば、作品を知り合いに読まれる恥ずかしさが理解できるだろう。よりにもよって、今回の新刊は成人指定だった。消えてなくなりたいとすら思う私の前で、京治は素早く本を読み終える。

「全体として、かなりテーマがまとまっていると思います。アマチュアにしては上手い方かと。プロの持ち込みでしたら却下しますが、素人なりの文章力はあると思いますよ」

 かなり厳しいことを言われているがそれすら気にならない。私は気の抜けた返事をして、逃げるように自分のスペースへ戻った。そこからイベント会場で何をしていたかは、あまり覚えていない。

「おかえり」

 アフターを終えて帰宅すると、既に京治が部屋着に着替えていた。

「た、ただいま」

 私は震える声で返事をし、荷物を片す。もうとうにバレているというのに、宅配便の伝票をしまう時は慎重になった。

「ご飯今日はいらないんだよね? 用意してないけど」
「ああ、食べてきたから大丈夫」

 暫く不自然なほどの沈黙が続いた。京治も少なからず気まずさを感じていたのかもしれない。「ねえ」と言った声に、私は飛び跳ねんばかりに反応した。

「今日の新刊、俺とのことを参考にした?」

 私の顔に火がつきそうになる。やはり今日のことはなかったことにならないのだ。私はしどろもどろになりながら適当に口を動かした。二人の陥ったシチュエーションが京治と私のそれに似ていることは、本人が読めばすぐにわかる。

「まあ、無意識に? 入っちゃったところはあるかも」

 私の必死の抵抗を京治は「ふうん」と流す。どうかこれで終わってくれと願った直後、京治は一番触れられたくない箇所に踏み込んだ。

「R18シーンはああいうのを書くんだね」

 私は「あ」とか「う」とか声にならない声を出した。実際にセックスをしている人に創作のセックスシーンを見られるほど恥ずかしいことがあるだろうか。しかも、原作がファンタジーの世界観だからと、濡れ場ではかなり攻めた話にしたのだ。

「俺とはああいうのしたことないけど、創作者に創作物を再現してもらうっていうのはかなり夢のある話だよね」

 京治が食べていたプリンを置いてこちらへ近寄る。私は京治の言葉の意味を理解できないまま後ずさった。

「け、京治、怒ってる?」
「別に。俺は甘かったんだなって思ってるだけ」

 壁際に追い詰められた状況で、奇しくもこれはキャラクター二人がセックスを始めた状況だと気が付いた。私に逃げ場はない。これからどう攻められるかをわかっている分、羞恥が普段の何倍にも増す。

「覚悟しておけよ、だっけ?」

 京治の鋭い瞳を見た時、私は諦めて白旗を上げた。