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思い返せば、私はつくづく単純だったと思う。初めて侑を見た時、心のどこかで女を見下していそうな、近寄りたくないタイプだと思った。実際私はあまり侑に近付かなかったし、それで何か不都合が起きることもなかった。けれど、完璧な男のようでいて実は完璧とは程遠い所や、バレーにはどこまでも真っ直ぐな所を見ていたら、自然とこの人に近付きたいと思ってしまった。それが侑に近付かないでいる今の行動をやめることなのか、積極的に侑のそばに行くことなのか、当時は分からなかった。けれど今になれば思う。あの頃から私は、侑のことが好きだったのだと。

侑のことを何とも思っていないようなふりをして、何度も侑に話しかけた。侑の自主練に最後まで付き合って、あわよくば一緒に帰れるのではないかと心を躍らせていた。私は到底自分の気持ちを隠すのが上手ではないから、侑は私の気持ちに気付いていたと思う。私もまた、侑に気付かれていることに気付いていた。でも何もしなかった。それは現状に対する薄い満足と、私の器の小ささが原因だったと思う。もしかしたら私が侑に告白して、侑がオーケーして、私と侑が付き合っているような高校生活もあったのかもしれない。でもifを考えるのは今日で終わりだ。今日、私は稲荷崎高校を卒業する。

男子バレー部の集まりの中であえて侑の近くに行かないようにしていた時、侑が私の隣に来て行った。

「逃げるんですか。俺から」

いつのまにか侑は私の横に来ていて、人一人が入るくらいのスペースを置いて芝生の上に立っていた。バレー部の先輩と後輩との最後の交流の時間は終わりに差し掛かり、それぞれ散り散りになりかかっていた。

「気のあるそぶりされて、気持ち弄ばれて、それで終わりですか。名前さんが卒業する前にやらなあかんこと、まだあるんとちゃいますか」

私は今日初めて侑の顔を見る。侑の顔は穏やかで、それでいて真剣で、私のことを逃す気配など微塵もなかった。侑の言う通り、逃げていたのは私だったのだ。勝手に好きになって青春を貰って、綺麗な思い出にまでしようとしているのは私なのだ。

卒業するまで言う気はなかった。卒業したらもう接点などなくなるのだから言う機会すらなくなると思っていた。仮に今日私が告白して、侑がオーケーしたところで、遠距離恋愛には変わりない。こんなこと、ただの思い出作りだと思っているのに、それでも心のどこかで言いたいと思っていた自分に驚く。

「好きや、侑」

私の二年間が、音になって放たれていく。その声が空気と混じって消えた時、不意に私は温かいものに包まれた。

「俺もです。俺もずっと、好きでした」

私は侑の腕に抱かれながら、侑の背後の桜の木を見る。私達がこれからどうなるのかは分からない。付き合うといった具体的な話はしていない。でも今この瞬間、私は侑が好きで、侑も私が好きで、私達の想いは確かに通じ合った。もしこれが思い出で終わるとしても、私は今日の奇跡に感謝せずにはいられないだろう。