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 プロの道へ進んだ飛雄とは自然と歩む道が分かれた。同じ東京に住んでいようが、週に一度は会っていようが、埋まらない距離というものはあるのである。これまで見て見ぬふりをしていた私達だったが、私が大学の飲み会の話をしたことで飛雄の許容量を超えたらしかった。

「楽しかっただろうな」

 飛雄は表情を消し、部屋のどこかを見つめている。私は何と声をかけていいかわからずに手を上げては下げた。進学をやめた飛雄にとって、大学生活は未知の領域だ。プロアスリートなのだから嫉妬する必要もないと思うのだが、飛雄が大学生活に引け目を感じるのは偏に私が大学生であるからかもしれなかった。飛雄は毎日厳しい規則を守って練習しているし、未成年の間は勿論飲み会など行かない。私達の間には隔絶する壁が確かに存在するのだ。

 飛雄が消沈を露わにするのは珍しい。私は弟をあやすような気持ちで飛雄に近寄った。

「ごめん、飛雄」
「別に謝ってほしいわけじゃねぇ。お前が俺を好きなのか不安になった」

 飛雄のむくれた表情を見て飛雄の背を撫でていた私の手が止まる。お互いに合わないスケジュールの合間を縫って週に一度会ってまでそれを言うだろうか。私は飛雄の強欲さと鈍感さに思わず天を仰いだ。散々私に好きだなどと言わせておいて、まだ飛雄は足らないと言うらしい。

「いくら顔がいいとはいえこんな口下手で察しが悪くてバレー馬鹿な男とタダで付き合うわけないでしょ!? ボランティアじゃないんだよ!?」

 目の前の飛雄は落ち込んでいる小さな男の子ではなく欲張りな大の大人である。私は語気を荒くして言った。高校時代からこれまで、何度飛雄に振り回されてきただろうか。まともな口説き文句ひとつ言えないのに自分の不満を打ち明けるのには雄弁なこの男に私は常に合わせてきた。バレーを原因に数ヶ月デートができなかったこともある。それでも付き合い続けている理由など明らかだろう。飛雄は驚いた様子で顔を上げた。

「俺のことがそんなに嫌いなのか」
「好きって言ってんの!」

 ああ、また言わされてしまった。暴力的な告白だったが、飛雄は満足したようで「そうか」と口元を緩めていた。それにどこか腹が立って私は飛雄の背中をひとつ叩いてやった。