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「制服、冬服にしたんだ」

 季節の変わり目である九月の半ば、幸郎は自然と隣に並んだ。私が何か答えるより先に、当たり前のように私の袖に手を伸ばす。

「まだ裾が長いね。危ないよ」

 幸郎はまるで母親が子供にするように、丁寧に私の袖を捲った。萌え袖になっていた私のカーディガンはちょうど手首の位置まで折られている。随分涼やかになった手首に、私は反抗するような声を出した。

「子供扱いするのやめてよ。私はもう結婚できるし赤ちゃんだって産めるんだよ!?」

 言外に生理が来ていることを伝えているが今はどうでもいい。私が言いたいのは、私達が同い年であるということだった。同い年であれば子供扱いをする必要はない。結婚年齢で言えば、十八になるまで結婚できない幸郎より私の方が大人であるとも言えるのだ。幸郎は少し考え込んだ後、冷静に言葉を紡いだ。

「それって、大多数の人間にとっては比較にならないよね」

 幸郎が考えることは時折難しい。幸郎は私が理解していないことを察したように言葉を足した。

「名前ちゃんが結婚も出産もできることはその相手にしか関係ない。それでも俺より大人だって言う?」

 幸郎の言わんとしていることは大体理解できる。屁理屈にも聞こえるが、筋の通った意見だ。幸郎はこうして相手を丸め込むのが上手かった。口では勝てないと判断した私は、恨みがましく幸郎を見上げる。

「でも幸郎はまだ結婚すらできない歳じゃん……」
「結婚はね。子供を作ることはできる。俺だって精通してるからね。で、どうする?」

 試すような視線を投げかけられ、私は屈辱に耐えるように唇を噛んだ。幸郎は普通異性に言うのを躊躇うようなことを簡単に口にした。その上で私に新たなる問いを投げかけているのだ。これはある種の脅迫だ。暫く自分の中で葛藤した後、私は呆気なく負けを認めた。

「やっぱり子供扱いのままでいいです……」

 私の敗北宣言を聞いて幸郎は楽しそうな表情を浮かべている。仮に私が幸郎と子供を作りたいと言って、幸郎は焦った顔をするだろうか。いや、きっと今と変わらない表情で「じゃあ作ろうか」と言うに違いないのだ。私は幸郎に二度目の敗北を喫した。