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 佐久早と牛島といえば、男子バレーきってのエースである。強者として名を連ねる二人は私生活でも親しかった。お互いに仲が良いと思っているかは不明だが、少なくとも佐久早は牛島のことを知りたがっているようである。コートの端では、およそ体育館には似つかない会話が交わされていた。

「若利くんって好きな人とかいるの? 勿論秘密にするし応援する」

 まるで修学旅行の女子中学生のようだが、一応二人は体育会系のアスリートだ。牛島は「そうだな」と少し考え込んだ後、恥じらいもなく答えを口にした。自分から尋ねたくせに、佐久早は目を瞠って驚いた。

「おい」

 佐久早が名前の元を訪れたのはその翌日のことである。出入り口を出た途端一九○センチ超えの男に待ち伏せされていた名前は声を上げそうになった。だがそのような暇もなく、佐久早は名前に詰め寄る。

「若利くんがお前を好きだって言ってんだよ。付き合え。お前の良さは一ミリも理解できないけど」

 突然現れては交際を、それも他者とのものを強要し貶していく男を名前は理解できなかった。とはいえ、牛島に好かれていると言われて悪い気はしなかった。

「それ、私から好きって言わなきゃいけないの?」

 他人との交際を迫る男もおかしければそれを受け入れようとする名前もおかしいだろう。浮かれている様子を隠せずに尋ねると、「当たり前だろ」との言葉が返ってきた。

「いいか、若利くんに恥はかかせるなよ」

 脅しのような言葉を残し佐久早は去っていく。名前は始まりの予感に満ちていた。


「牛島くん」

 名前が牛島を訪ねたのはそれからすぐのことだ。これでは佐久早とやり方が同じではないかと思いながらも、名前は出入り口の前で待ち伏せするしかなかった。「何をしている」そう答えた牛島は冷静で、本当に名前を好いているのかと聞きたくなる。

「あのー、私牛島くんのこと気になるなって」

 前置きも何もなく、名前は本題に入る。牛島は眉一つ動かさずに聞いていた。

「好きなの! 付き合ってくれない?」

 精一杯の可愛らしさを装って牛島を見上げるが、牛島は静かに右手を上げた。

「すまない。お前のことは好きだが今はバレーに集中したいので付き合えない」

 呆然とする名前を躊躇うように見てから牛島は去って行く。その背中を追うように、「駄目だったか。ドンマイ」と佐久早が出てきたので名前は蹴り飛ばしたい気持ちになった。