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 私は特段勉強ができるわけでもなければ運動ができるわけでもない、平々凡々な高校生である。その普通の日常に、最近曇りが生じ始めていた。クラスの女の子達が私の方を見てしきりに何か話しているのである。女子のみならず、男子からも私は遠巻きに観察するような目で見られた。ある時には、直接聞かれたこともあるくらいだ。

「苗字さんが佐久早君と付き合ってるって本当?」

 私は仰天してしまった。慌てて否定した後、噂の張本人の元へ走る。私と付き合っていることにされているというのに、聖臣は涼しい顔をしていた。

「ねえ知ってる!? 私達が噂されてるの」
「知ってる」

 それが何だと言わんばかりに、聖臣はスマートフォンに集中している。聖臣にとっては取るに足らないことでも、私の学園生活を脅かすには十分なのだ。何と言ったって、聖臣はバレー部のエースで密かな人気がある。

「一体誰がこんな噂流したんだろう……」

 独り言のように呟くと、目の前の男は平坦な調子で「俺」と言った。

「は?」
「直接言ったら断られそうだから周りへの牽制だけした」

 聖臣が何を言っているのか理解できない。聖臣が私と付き合っていることにして何のメリットがあるのかもわからないし、牽制などをする意味も知れない。

「待って」

 脳内が破裂しそうだ。頭を押さえて唸る私に、聖臣は追い討ちをかけるように言った。

「別にただの噂だろ? お前が気にする必要ない。嫌なら違うっていう噂を流せばいい」

 気にする必要がないという所には同意しかねる。私は些細な事でも気に病んでしまうタイプだ。だが逆の噂を流せばいいと言われると、それもまた違う気がするのだった。必死に否定して回っていたら、逆に怪しいと思われてしまうのではないだろうか。

「俺の吹聴力とお前の吹聴力、どっちが上か勝負だな」

 聖臣は悪い笑みを浮かべてみせる。この勝負は、最初に噂を流された時点で負けである。だが負けの結果が聖臣と付き合うことだと思うと、どうも素直に落ち込む気になれないのだった。幼馴染だった聖臣のことを私は意識しているのかもしれない。それが噂になったせいなのか、はたまた私の意思によるものかわからない。まったく、面倒なことをしてくれたものだ。