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 ゲームにボイスチャット機能ができて久しい。ゲームをしながら通話ができるこの機能は、オンラインの友達をさながら本当の友達のように思えるのだ。私が毎晩ボイスチャットをしている相手――孤爪君は、私のクラスメイトでもあるのだが、現実世界で会話をしたことは少ない。オンラインでゲーマーとして出会い、夜の九時にサーバーに集合するのが常だった。あまり頼りにならなさそうな外見とは違い、研磨はいつも頼りになる(私はゲーム内で研磨のことを下の名前で呼んでいる。教室では孤爪君と呼んでいるが、あまり声に出したことはない)。今日はRPGのボス戦に立ち向かうところだった。指を動かすことに必死の私に対し、研磨は至って落ち着いた調子で話を進める。

「はいクリア。次はボスだね」

 その声色には微塵の焦りもない。私は思わず画面の向こうの研磨が見てみたくなった。

「研磨、余裕すぎるでしょ」
「中ボスでそこまでへばられてる方が困るんだけど」

 このゲームは一人でもプレイできるが、研磨の中ではすっかり私がパーティの一員に入っているようだった。かといって他者を招くこともなく、私達は常に二人で戦いを潜り抜けてきた。「始まるよ」の声と共に画面が暗転し、ボス戦が始まる。容赦のない攻撃の中で、私は必死に反撃する。

「ねえ名前」
「何!?」

 現状の打開策でも思いついたのだろうか。かつてない危機の真っ最中だというのに、研磨は呑気に語りかけた。

「付き合って」
「は!?」

 研磨の言ったことが信じられず素っ頓狂な声を上げる。付き合ってと言ったようだが、それはゲームに対してだろうかととぼけるつもりはない。告白するにしてもタイミングが悪すぎる。ボス戦に夢中で、私の残りの脳内のリソースは数パーセントしかない。

「あああっ!」

 気を取られたからだろうか。致命傷にも近い傷を負ってしまった。私のHPは赤く染まっている。画面の向こうで、研磨が試すように語りかけた。

「で、どうする? 今なら回復アイテムあげられるけど」

 ボス戦に辿り着くまでに様々な苦労があった。このボスを倒しさえすれば、私は大きな報酬を得られるのだ。

「付き合う! 付き合います!」

 叫ぶように答えると、私のHPが回復した。残りは研磨が倒し、私達はあっさりとボス戦を終えた。最初から研磨が本気を出していれば勝てたのではないか、と脱力した。

「研磨、ありがと……」
「別に」

 短い会話が終わり、気まずい沈黙が訪れる。今になって、ボイスチャットの殆どは私が喋っていたのだと思い知らされた。適当に話題を見繕おうとした時、先に研磨が口火を切った。

「今日から、おれ以外の人とボイチャしないで」

 顔は見えないが、その声色には少しの照れが窺える。私はいじくりまわしたいのを我慢して、「わかった」と言うにとどめた。