▼ ▲ ▼

 大人になるとは退屈なものである。休日を一日潰し、ご祝儀を払ってまでも同僚の愛の儀式を見届けなければならない。たとえ彼が私の仕事に毎度嫌味をつける男であったとしても、だ。

 退屈なスライドショーが終わり、私達は会場の庭へ出た。彼の生い立ちなどは至極どうでもよかったのでありがたい。ストレス発散のように皿にケーキを盛り付けていると、隣から白けた視線を感じた。この人は確か、新郎の中学の友人席に座っていた人だろうか。途端に恥ずかしさに駆られ私は逃げるように庭の隅へ行く。周りの人は談笑を楽しんでおり、ビュッフェで元を取ろうと欲を出している人はいなかった。私は隠れるようにしてケーキを食べた。

 帰ろう、帰ろうと思っていても周りの同僚が帰らないのでは帰れない。私は二次会になっても虚ろな目でグラスを持って隅に立っていた。中心では、新郎がはめを外して騒いでいる。普段は陰気なくせに、と悪態をついてドリンクを飲む。輪から外れていたのは私だけではなかったようで、一人の男性が私に近付いた。

 思わず身構えたのは仕方ないだろう。彼はビュッフェで私の皿を呆れるように見ていた張本人なのだ。だが彼は気にした様子もなく、新郎新婦を遠巻きに見ながら話し出した。

「新郎のマウント欲丸出しのつまらない式だったね」

 私は口を噤んで彼を見上げる。私とてこの式が面白いなど思っていないし、できることなら帰りたい。だが実際に口にするのは違う。

「普通結婚式でそういうこと言う? あなた新郎の中学の友人なんでしょ」

 嫌味を込めて言うと、彼はあっけらかんと答えた。

「俺はサクラ。金の代わりに披露宴に出ただけだよ」

 結婚式の人数を補うためにサクラを雇っていたのか、と新郎に呆れる。それと同時に彼のドライな態度にも納得がいった。彼にとってはつまらない職場の一つに過ぎないのだ。

「何でサクラが二次会にまで出るのよ」

 すっかり遠慮をなくして言うと、彼は妖しい視線をこちらへ向けた。

「少しは美味しい思いをしたいからね」

 その瞳は私を試しているようであり、その実選択肢は一つしかなかった。揺らいでいるのは酒のせいだと言い聞かせて、私は彼を見つめ返す。

「この後、どう?」

 彼の言葉で、私は二次会を早期に切り上げることに決めた。


 元々着替えは持っていたのでホテルからの帰りには困らなかった。彼は丁寧な人で、洗面所すら自分が先に使うことを許さない。私が身支度を終えてベッドへ戻ると、素早くセットを終えた彼が洗面所から出てきた。

「今日はニ限があるので先に行きます」
「えっ、待って、大学生?」

 落ち着いた雰囲気や身なりから社会人だと思っていた。しかし考えてみれば、結婚式のサクラのバイトを社会人がするとは思えない。私はとんでもない過ちを犯してしまったのではなかろうか。途端に凍りつく私をよそに彼はバッグを持った。

「ご心配なく。成人してます」

 そのすがすがしさは私をからかっているようでもある。私はビュッフェの際白い目を向けられたことを思い出した。やはり彼は、心のどこかで私を馬鹿にして遊んでいるのだ。

「先に言え!」

 私が叫ぶと、彼はふと笑って「行ってきます」と言った。