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 人の好意には限界がある。仮に私達が恋仲で、絶え間なく愛を注がれていたら続けられるものだろうが、何の手応えもなく背中を追い続けることは虚しいものである。私はついに影山を好きなことを放棄した。正確には、放棄しようとしている。別のクラスの男子に告白された時、揺らいでしまったのだ。もう無意味な抵抗はやめて、影山を諦めてもいいのではないかと。彼の教室から戻ってきた時、影山が睨むようにこちらを見ていた。

「あいつと付き合うのか」

 私は答えない。影山は責めるように言葉を重ねた。

「俺が好きだって言ったらあいつと付き合うのやめんのかよ」

 耐えきれずに顔を上げる。今まで散々放置しておいて、私が離れると思ったら手元に戻そうとするのだろうか。自分が物にでもなったようだ。

「今更そんなこと言わないでよ!」

 私もまた責めるように叫ぶ。影山はゆっくりと私に近付いて、顔に手をかけた。

「好きだ」

 人のいない教室に水音が響く。唇が合わさる度に、私の尖った感情が溶けていくのがわかった。このまま影山に溺れてしまいたい。そうしたら私は全てを影山のせいにして、重要な判断をしなくて済む。求めるような瞳で影山を見上げると、影山は至近距離で私を見た。都合のいいことに、教室のカーテンは閉まっておりドアは閉ざされていた。


 私達は感情をぶつけ合うように肌で触れ合った。好きな人と体を重ねることは必ずしも嬉しいだけではないのだと、私は身をもって知った。今まで相手にされなかった悔しさ、影山の掌の上で転がされている敗北感、それでも勝る多幸感。終わった後は悩み事が綺麗に消えた気がした。影山が私を犯したせいで、私は影山に気持ちを戻されてしまったと言い訳ができるのだ。私が影山に再び惹かれていることも知らず、影山は訝しむような顔を向ける。

「付き合わないよな?」

 勿論それが私に告白してきた男子のことだとはわかっている。セックスをした直後のタイミングで、私に好かれていることなどとうに知っているくせにそれを言うだろうか。私は可笑しくなって笑い出した。

「ここまでした後に聞く?」

 すると影山は唇を尖らせて不満を表す。今日初めて、影山に対して優位に立てたかもしれない。「影山とは付き合うよ」と私が答えると、「俺を好きなのはお前の方だろ」とむくれた声が返ってきた。