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 私は戦場に立ち入る思いで本屋に足を踏み入れた。それもそのはずだ。今日私が買おうとしているものは、女性誌のセックス特集号なのだから。

 大学に入学してすぐには彼氏ができなかった。別学育ちで縁がなかったこともあり、あからさまに初心者を狙おうとする男を敬遠していたからだ。しかし大学生活を過ごす内に、自然と感覚の合う男友達ができた。その相手から告白されて今に至る。彼氏がいなかったわけではないが、中学生や高校生でセックスをする気にはなれなかった。だが大学生ともなればセックスは必須である。周りに何周も遅れを取っている私は、本でそれを埋めようとした。

 周囲に人がいないことを確かめ、隠すように抱えてレジへ持って行く。ちょうど別の作業をしていた店員がレジの前に立ち、準備体制に入った。後は代金を支払うだけだ。

「八百円になります」

 私は小銭を出し、その通りの額を出す。あと少しで私の任務は終わる。電子書籍だと言い逃れできないからと、紙の本にしてよかった。

 ところが店員はやたらと私を見たまま動かなかった。金額は合っているはずだ。急かすように見上げると、私は言葉を失った。そこにいたのは私の彼氏、赤葦京治だったのだ。

 京治は気まずさを誤魔化すように機械的に手を動かした。セックス特集号は不透明なビニール袋に入れられ、京治の手から私に渡される。業務中に何を言うわけにもいかず、私は後悔に襲われながら本屋を後にした。

 その晩、京治から着信があった。バイト終わりなのだろう。出れば車が辺りを通る音がした。お疲れ様、という会話を交わした後私達は沈黙する。もはやあの話題を避けて通ることは不可能だった。

「初めてだった?」

 先に口火を切ったのは京治だった。私は取り繕う言葉を探してから、正直に答えるしかないことを悟る。

「そう。遅くてごめんね」

 半ば自棄になって返すと、「いや」と京治が笑う声がする。

「だったら余計頑張らなくちゃな、と思って」

 その声は優しさに満ちている。新入生歓迎会で早急に誘ってきた知らない先輩とは大違いだ、と思った。

「本の通りにはできないかもしれないけど、許してくれる?」
「べ、別に許すも何も……」

 しどろもどろに口を動かす。京治は吐息だけで小さく笑うと、電話口の向こうで声を低くした。

「予習、しておいてね」

 暗に私達も近くにセックスをするということを示され、私の熱が上がる。私が言葉にならない声を出していると、京治は助け舟を出すように電話を切った。

「おやすみ」
「お、おやすみ」

 電子音の響くスマートフォンを見つめる。今、私はこれまでになく昂っている。