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 最近、学校に行くとむず痒い気持ちになる。靴箱で顔を合わすと必ず治くんは「おはよ」と言うし、昼休みはわざわざ私の近くに来てパンを食べるのだ。公欠の日は、席が近いわけでもないのに私にノートを求める。治くんが私に意図して近付いていることは明らかだった。素直に恋愛の香りを認めればいいものを、捻くれた私は何かの遊びではないかと勘繰ってしまう。しかし私をからかって遊ぶというには、治くんはあまりにも落ち着いた様子だった。

「もしかして治くんって私のこと好きなん?」

 昼下がりの教室にて、平静を装って私は言葉を発する。治くんは全く動揺していない様子でパンの袋を開けた。

「好きやったらなんか変わるん?」
「え?」

 顔を上げた治くんと目が合う。治くんはいつもの何を考えているかわからない顔のまま話し始めた。

「俺のこと何とも思ってへんかったら俺が好きでもどうでもええやろ。でも俺のことが好きなんやったら俺の気持ちで付き合うか付き合わないか決まる」

 私は治くんの理論に圧倒される。食べ物のことしか考えていないようでいて、内では刃を研ぎ澄ませていたのだ。私は治くんに弁が立つイメージなど全くなかった。呆気にとられる私に対し、治くんは追い討ちをかける。

「で、どっちなん?」

 私は目線を下げてから言葉を選んだ。

「私は、そりゃ好かれてるんか気になるよ」

 治くんの急かすような目が私を捉える。治くんの理論で行くと、私は治くんを好きだということになってしまう。それを伝えるにはあまりにも私はちっぽけである気がした。だが、治くんの目が誤魔化すことを許さない。

「好き、です……」

 遂に白状すると、治くんの目がまた穏やかなものに戻った。

「俺も好きや。付き合ってもええで」

 結果として、私は人気者の治くんと付き合うことができた。しかしはめられたと思うのはどうしてだろうか。私のことが好きなら、最初の質問で答えてくれてもよかったのではないか、との思いが頭をよぎる。しかしここで責めるにはあまりにもお門違いである気がして、私は「よろしくお願いします」と頭を下げた。