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 牛島が白布の隣に並んだのは、更衣室を出た時のことだった。

「苗字と付き合っているのか?」

 一度目は牛島がわざわざ白布に話しかけたということに、二度目はその内容に驚いた。何も言えずに牛島を見上げるが、沈黙は牛島を困惑させるだけだと察する。牛島はこの話題にかなりの関心があるらしかった。

「いえ」

 素早く否定してから、白布はできるだけ丁寧な言葉を探す。

「でも驚きました。牛島さんがチームメイトの恋愛事情まで気にする人だとは思わなかったので」

 牛島は主将でありながら、チームメイトのことを気にかけない。プライベートに干渉しないと言った方が正しいだろうか。バレーで不調になれば「どうした」などと声をかけることはあるものの、部員がその時傾倒しているアイドルだとか、テストの結果などに注意を払わない。恋愛事情など尚更だ。自分の言葉が牛島の気を害していないだろうかと、心拍数が上がるのを感じながら白布は牛島の言葉を待った。

「俺が気になっているのはチームや白布ではない。苗字の方だ」

 緊張していたのが阿呆らしくなるくらいに脱力する。通常、男はそういったことを人に言うことを躊躇う。今の発言は、苗字を好きだと白状しているに等しいからだ。プライドの高い牛島なら尚更だろう。もしかしたら牛島は、自分の発言の意味に気付いていないのかもしれない。自覚のない人に好かれたら苗字も大変だろう。白布は心の中で苗字に同情した。

「それあいつに直接言ってやってください」

 とはいえ、苗字が牛島を好いているのは誰の目から見ても明らかである。牛島が苗字に振り向いてくれる日が来たと知って、白布も何も思わないわけではない。苗字が毎度のごとくスルーされる様子をそばでずっと見ていたのだから。

「気になる程度で喜ぶのか?」

 自分の発言の重要性をわかっていない牛島を説き伏せるように白布は言う。

「喜びますよ、牛島さんからなら」
「そうか」

 そう答えた牛島の顔は心なしか嬉しそうである。これはカップルが成立する日も遠くないのではないかと思い白布の胸が熱くなる。だがしつこいまでに牛島に付き纏っていた苗字が浮かれた顔で報告しに来るのだと思うと、少しむかつく。