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「好きだ」

ぼうっと口を開けて冨岡さんを見る私を見て、冨岡さんは眉を下げながら続けた。

「すまない。困らせると分かっていて言った」

そう言う冨岡さんの腕は、片方欠けている。人間を食らい続けてきた鬼舞辻無惨と戦い勝利したという、これよりない証拠だった。私達は無惨のために多くを失った。そして戦いの最中痣を発現させた冨岡さんは、これからも失い続けなくてはならない。

「どうして、今なんですか?」

それは冨岡さんが数年後に人生を終えるからという意味ではなかった。無惨と戦うまで、私と冨岡さんは長らく共に歩んできた。同じ水の呼吸を使い、都合があえば一緒に鬼狩りをし、藤の花の家紋の家で一緒に休んだ。任務帰りに茶屋に寄ったことも、稽古に励んだこともある。私達の間には少なからぬ情があった。私は冨岡さんを尊敬する中で恋慕もしていた。冨岡さんも私のことを好きだと断言できるほど私は自信家ではないけれど、可愛い弟子くらいには思ってくれていたのではないかと思う。それでも時々見せる表情や、私に伸ばそうとして止める手が、冨岡さんにそれ以上の想いがあるのではないかと錯覚させた。でも冨岡さんは何も言わないから、きっと言いたくないのだろうと思った。今までに言えるチャンスはいくらでもあったのだ。もし冨岡さんの想いが昔から変わらないとすれば、もっと前から言ってくれれば、私達の時間は延びたのではないだろうか。冨岡さんは私から視線を逸らし、空を見上げながら言った。

「俺には姉さんと、錆兎という親友がいた」

冨岡さんのお姉さんが婚礼を前にして鬼に食べられてしまったこと。冨岡さんが寝ている間に冨岡さんの親友が鬼を倒し、気付いたら試験に合格していたこと。聞いていて、冨岡さんがずっとどこか周りと一線を引いているように思えたのはこれらのことが織りなした結果なのだと思った。

「俺には、柱である資格も、お前を守る資格も、ないと思っていた。でももういいんだ。そうやって二人の死に囚われているのは二人の死を無駄にしている。俺は今を生きると決めた」

きっと今の冨岡さんの表情は、無惨を倒した達成感のようなものではなく、長い間憑かれていたものから介抱された晴れ晴れしい気持ちから来ているのだろうと思った。その場面に私が関われなかったのが少し悔しいが、冨岡さんが自分の殻を破らなければ無惨にだって負けていたかも分からない。

「ようやく聞けて、嬉しいです」

そう返す私は意地悪だろうか。冨岡さんは私に手を伸ばすと、あと十センチという所で手を止めて笑った。

「もう、抱きしめる腕もなくなってしまったな」
「そんなのいいんです。私が抱きしめます。だから……」

結婚してください。冨岡さんがあと数年で死ぬことも、片腕がないことも、どうでもよかった。今の私達にできる最善は、離れずそばにいることだ。もう冨岡さんが一人になることがないように。冨岡さんは「女に言わせるなんて、これ以上俺を情けない男にしてくれるな」と言った後、額を合わせた。