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「あれ、治一人?」
「おん」

 打ち上げ会場であるカラオケへ行くと、既に治が部屋に入っていた。何でも、フリータイムで食べ放題なので少しでも多く食べたかったらしい。いかにも治らしい理由だ。私は治の少し離れた位置に腰を下ろした。偶然幹事になってしまったという理由で早めに来たが、他の皆は時間通りに来るようだった。約束の時間まであと三十分はある。クラスの人気者である治だが、食べることに集中しているので不思議と気まずくならなかった。私が治に視線をやると、治は漸く手を止める。お互いのことを意識してはいるものの、何を話していいかわからなかった。

「カラオケ来るの久しぶり?」
「まあ、せやな。飯屋に行くことが多い」
「なんか想像つく」

 自然と笑いがこぼれる。治は歌うより食べることが好きそうだ。会話を繋ごうと、私は必死で脳内からカラオケの情報を探り当てた。

「隣のクラスの加藤さん達がな、カラオケでやらしいことして怒られたらしいで」

 言ってから、センセーショナルな話題であったことに気付く。普通異性と密室に二人きりでそういう話題は振らない。ましてや、今は加藤さん達と同じカラオケの室内なのだ。

「まあ、カラオケはそういうことすると怒られる言うよね」

 取り繕おうとすると、治が鋭い声を出した。

「そういうことて、何?」
「え?」

 振り向くと、治が真剣な表情でこちらを見ている。

「何すると、店員に怒られるん?」
「そら、いやらしいことやない……?」

 自分の答えが合っているのかもわからない。かつてない緊張感に襲われながら答えると、治が口を開いた。

「どれくらいで来るか、試してみる?」

 混乱する頭の奥で、これはいつもの悪ふざけではなくお誘いなのだとわかった。しかし治の視線に囚われたまま鼓動を速くする私はもう、瞬間的にでも治に好意を持っていた。頷く代わりに近寄ると、背中に治の手が伸びる。きっとキスだけでは店員は来ない。私達は店員が来るまで、「そういうこと」を試し続けるのだ。私は治の奥の時計を見た。店員とクラスメイト、どちらが来るのが早いだろうか。