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 春高を終えて兵庫に戻ってきた稲荷崎高校バレー部は、先程三年の送別会を終えた。好きなだけ騒ぎ散らした後の体育館には、掃除をするマネージャーだけが残っていた。散々菓子の食べかすがついた服のまま、侑は名前に近寄る。侑達三年が去ることに泣いていたくせに、今はけろりとした顔をしていた。

「部活終わったから言うことあるやろ」

 侑は表情を真剣なものに変え、名前を見下ろす。この二人きりという状況からも答えは一つであるはずだ。しかし名前は元気よく声を出した。

「お疲れ様でした!」
「いや、そうやなくて」

 それなら先程散々聞いた。侑が聞きたいのは、マネージャーではなく苗字名前本人から、部員の前では言えないようなことなのだ。

「俺が部活やってる時は言えんかったこと、あるやろ?」

 侑は自信ありげに笑ってみせる。侑の予測通りならば、名前は侑に惚れているはずだ。

「新発売のおにぎり食べに行きません?」
「サムか! てかコンビニくらい部活やっとっても誘えや!」

 思わず雰囲気も忘れて突っ込んでしまった。名前は鈍感なのだろうか、本当に思い当たらないのだろうか。「他に何かあるんですか?」と言う瞳の無垢さからは、嘘をついているようには見えない。

「そら、す……もうええわ! お前が俺に興味ないんはよーくわかった!」

 言おうとした侑だが、途中で我に返った。ここまで言わないとわからないのなら名前にその気はないということだし、一方的に追いかけるのは侑のポリシーに反する。このちんちくりんを好きだと思ってしまったのは青春の間違いだと思うことにして、侑は名前を忘れよう。そう思った時、名前は静かな声色で言った。

「そんなことないですよ、先輩」

 一体何が違うのだろうか。戸惑う侑を見上げ、名前は手を後ろに組んで笑ってみせる。

「卒業式が終わったら、私に時間下さいね」

 決して好きだと言われたわけではない。しかし、卒業式の後異性と二人きりで会うということは、そういうことだ。侑は遅効性の毒にやられていた。率直に言わないのがまたもどかしい。すぐに答えを求めようとした侑が馬鹿みたいだ。

「お、おう」

 それしか言えない侑より、名前の方が何枚も上手なのだろう。