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 きっかけはふとした会話だった。俗らしいことから最も遠い位置にあるような飛雄が、恋愛を語ったのだ。それも、現在進行中の私との仲ではない事柄で。

「飛雄って恋したことあるの!?」

 反射で叫ぶと、飛雄は気を害した様子もなく答えた。

「はい。初恋は幼稚園の時でした」

 私の中の飛雄像が崩れる。飛雄は恋に疎くて、自分の気持ちすらもわからなくて、それを一から教えてやったのが私ではなかったのか。どうやら私は自分を過大評価しすぎていたらしい。飛雄にとって私は特別ではなかったのだ。いや、好きという意味では特別かもしれないけれど。

「絶対私が初恋だと思ってた!」

 頭を抱えて叫ぶと、飛雄は冷静に「どこから来るんですかその自信」と言った。それはいつも私が飛雄に言いたいことだ。飛雄の初めては私ではなかった。体の初めては私だったけれど、飛雄にとって私は人生に数多くいる好きな人の内の一人でしかないのだ。頭を悩ませる私の横で、飛雄が小さな声で呟いた。

「そんなに、俺は理想と違いますか」

 飛雄らしくない、弱々しい声だ。私は飛雄の表情をしっかり観察した後、窺うように覗き込んだ。

「いじけてる?」
「いじけてません。ただ名前さんは元彼何人もいるのに俺の初恋が許されないのはおかしいと思ってるだけです」

 そう語る顔はどこか不服そうだ。飛雄も私の元彼に嫉妬してくれていたのだ、とどこか嬉しい気持ちになる。飛雄は変な所で感情を隠すからわからなかった。

「それはまた違うじゃん」

 適当な言葉で片をつけようとした私に飛雄は真剣に向かい合う。

「違いません! 俺の童貞を奪ったからには責任とって俺と付き合い続けてください!」

 その言葉は、まるで捨てられる前の処女のようだ。顔や体格に見合わない可愛らしい言葉に笑い出しそうになった。

「飛雄、めんどくさい」

 悪戯に笑いながら言うと、「めんどくさい俺ごと愛してください」と強欲な言葉が返ってきた。やはり飛雄はこうでなくては。私は飛雄の手に手を絡めた。飛雄は不服そうな顔をしながらも、しっかり握り返してくれた。