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※転生キメツ学園世界線

「結婚するか」

それがキメツ学園に赴任してきた私を見た冨岡さんの第一声だった。勿論私達が会うのは初めてだし、周りには他の職員だっている。この初対面プロポーズ事件以降、冨岡さんはトンチキ野郎と呼ばれていた。本人はそれを知ってか知らずか、平然とした顔で私に話しかけてくる。同僚達の前で公開プロポーズをされてからというものどこかやりづらい私は、いつもより心なしか冷たく冨岡さんに接してしまうのだった。

そう、私は転生してきた人間だ。私だけではなく、宇髄さんも、胡蝶さんも、皆大正時代を鬼狩りとして生きていた。勿論冨岡さんもだ。それまでも前世の記憶はあったものの、この学園に来た時は大層驚いたものだ。まあ、そのすぐ後に冨岡さんの公開プロポーズに度肝を抜くことになるのだけど。

私が冨岡さんに冷たくしてしまう理由のもう一つは、前世では普通の仲だったのに今世になっていきなり結婚などを持ち出してきたところだった。前世の私は金魚の糞のごとく冨岡さんにつきまとっていた。純粋に柱として冨岡さんを尊敬していたし、憧れもしていた。そこに恋愛感情があったかと聞かれれば私は熟考した挙句否定することはできないのだけど、それは冨岡さんも同じだったと思う。いつも私のことを気にかけて、何なら気のあるそぶりまでするくせに、冨岡さんは何か見えない壁に阻まれたかのように私に伸ばす手を止めた。私達に恋愛の色が入ることはなかった。ただ、自分の寿命を聞いて冨岡さんは酷く哀しそうな顔で私を見た。冨岡さんは知らないだろうけれど、私は冨岡さんが死んだ後一晩泣いた。だからまた会えて嬉しいと思っているのに、冨岡さんは前世と同じかそれ以上にトンチキな野郎だった。

「あの、何故私にプロポーズをしたんでしょうか」

人のいない教室にて私は冨岡さんに問う。すると冨岡さんは明後日の方向を見ながら当然のように答えた。

「俺が人間だからだ」

私は思わず目を閉じて拳を握った。あの公開プロポーズ事件を掘り返すのに私は結構な勇気を使ったのに、今日も冨岡節は全開だ。そもそも、本当に私が好きならこの場で口説いたらどうなのだろう。

「どういう意味ですかと尋ねてもいいですか」
「言葉通りの意味だ」

私は冨岡語を解読するのを諦め、前世について考えた。冨岡さんが初対面で私にプロポーズしたいということは、恐らく前世の時からそうしたいと考えていたということだ。少し信じられない思いで私は冨岡さんに尋ねる。

「冨岡さんは、前世でも私が好きだったんですか」
「そうだ」
「いつから」
「わからない。一緒に行動するようになって少し経ってから」

やはり前世で感じた色恋の香は当たっていたのだ。冨岡さんは私が好きだった。ならば何故、もっと早く言わなかったのだろう?

「公開プロポーズなんてする度胸があるのなら、早く告白してくれればよかったのに」

そうしたら――。あったかもしれない未来を考え、私の頬はにわかに色づく。しかし冨岡さんは、真剣みを帯びた表情で言った。

「できない。俺に誰かを守る資格なんてなかったんだ」

何を言っているのだろうと冨岡さんを見上げた私に、冨岡さんは相変わらずどこか遠くを見たまま教えてくれた。錆兎という親友がいたこと。お姉さんが冨岡さんを庇って食われたこと。自分は柱ではないと思っていたこと。冨岡さんの声が耳に入るたびに、前世で冨岡さんが私に伸ばした手を止める理由がようやく理解できた気がした。

「炭治郎のおかげでその思いは克服した。でも、痣が出て俺には寿命ができた。いずれ死ぬと分かっている俺がお前に告白なんてできなかった」

前世では両想いだったのだと興奮するのと同時に、前世では何回冨岡さんに告白しても結婚はおろか交際すらできなかっただろうと思った。それくらい冨岡さんの意志は固すぎる。私への想いも、強すぎる。

「だが今は何の寿命も縛りもない人間だ。だから結婚しようと言った」

ようやく「俺が人間だからだ」の謎が解けると同時に、冨岡さんの秘めた部分が露わになった。私は一つ深呼吸をして、真っ直ぐに冨岡さんを見る。

「そんなに大事なことだったら、何で前世の時から私に教えてくれなかったんですか」
「お前に言うことではない」
「そのせいで私に告白できないなら私関係ありますよね。結婚相手の過去くらい一緒に背負う覚悟はありましたよ。冨岡さんの過去については理解しましたけど、一緒になる資格はないとかウジウジするくせに私から好かれているかどうかは全く気にしないあたりが少しむかつきますね」

私が早口に言うと、冨岡さんは驚いたように私を見ていた。

「お前は俺が好きではなかったのか……」
「好きでしたけど!? そこだけ自信あるの何なんですか」

冨岡さんは安心したように「そうか」と言った。ほくほくした表情をするな。

「ていうか転生して真っ先に言われたのは『結婚しよう』じゃなくて『結婚するか』ですから。何故か私も合意みたいになってましたから。間違えないでください」
「だが今の話を聞いているとお前も結婚したがっているように思えるのだが」
「したいですけど!?」

伝説のトンチキ野郎に物申してやるつもりが、気付けば私がトンチキ野郎に遊ばれている。落ち着かない気持ちで教室の隅の方を睨んでいると名前を呼ばれたので見れば、冨岡さんが床に片足をつけていた。

「何やってるんですか……」
「これからプロポーズをしようとしている」
「冨岡さん、それ言ったら台無しなんですよ」

仕方なく私は冨岡さんの手を握り、目の前のこのイケメンの認識をトンチキ野郎から夫に改めることにした。