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「お嫁に行けなくなっちゃったね」

 シーツの上に突っ伏す私を見て、幸郎が満足そうに笑った。行けなくしたのは誰なのか、と思わず聞きたくなる。下着とズボンを履いた幸郎に対し、私は全裸のままだった。一度の行為で恥じらいが全てなくなるわけではないが、今はそれより身体の怠さが勝つ。

「嫁に行かせる気もないくせに」

 私が文句のように言うと、幸郎は笑った。

「あはは、何それ父親みたい。旦那さんだよ」
「彼氏でしょ」
「えー、この雰囲気で別れ話?」

 何も数ヶ月付き合って漸く手を出されたというところで別れ話をする気はない。ただ、私達は将来を約束できるほど成熟した大人ではないのだ。所詮高校生の恋愛だと思っていたのは私だけなのだろうか。幸郎は時折底知れない気持ちの重さを見せるので侮れない。

「結婚するとは限らないって話!」

 これでこの話は終わりだと言わんばかりに体を反転させると、無理やり幸郎の方を向かされた。

「結婚するよ。俺、未来がわかるんだ」

 当時は呆れたものである。付き合っていたからいいが、そうでなかったら気障なナンパ師もいたものだと感心してしまったかもしれない。高二の冬に聞き流した幸郎の言葉が、今現実になっている。

「まさか本当に結婚するとはね」

 目の前の薄い紙を見ながら呟く。幸郎はすっかり定位置と化したソファから私に左手を見せた。

「言ったでしょ? 俺未来がわかるんだ」

 私は笑いながら振り返る。

「それまだ覚えてたの?」
「勿論。だって名前ちゃんの初めてを貰った日だもん」

 誓いのなされた薬指に指を絡める。入籍前夜、私達の雰囲気はこれまでになくよかった。このまま肌を触れ合わせ、セックスをして寝るだけと思っていた。

「俺も初めてだったけど」

 その言葉に私は仰天する。

「聞いてないよ!?」
「言ってないもん」

 幸郎は何が楽しいのか笑っている。私はずっと幸郎が経験済みだと思っていて、存在したであろう元カノに嫉妬すらしていたというのに。

「大事なことはちゃんと言ってよ!」

 幸郎の肩を掴んで叫ぶと、幸郎は降参だとばかりに手を挙げて「はいはい、言うよ」と笑った。

「愛してる」

 前言を撤回する。やっぱり幸郎は気障なナンパ師だ。その気障な男の初めても最後も私だと思えば、悪い気はしない。