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「佐久早君、その格好かわいいー!」

 黄色い声のした方を見ると、佐久早が文化祭に使う猫耳をつけられ女子に持て囃されていた。佐久早が人気なのはいつものことだが、「可愛い」などと言っては佐久早の機嫌を損ねかねない。愚痴を聞かされることを覚悟した私だったが、意外にも佐久早は気に留めていないようだった。

 無理やりつけられた猫耳を外し、外装の班に戻ってくる。その背中にそっと話しかけた。

「可愛いって言われて怒らないんだ」

 この発言自体も怒らせてしまうかもしれないと危惧したが、佐久早は冷静だった。

「俺は可愛いだろ」

 当たり前のように言っているが、佐久早は一九〇センチ近い大男である。面食らっている私に気付いたように佐久早が言葉を足した。

「お前が俺に可愛いって言ったんだろうが」

 私は数ヶ月前のことを思い出す。ペンケースを忘れてシャープペンから消しゴムまで一式知り合いから借りなければいけなくなった佐久早のことを私は「可愛い」と言った。だがそれはあくまでドジ具合に対してであって、佐久早の見た目が可愛いということではない。

「そんなに私の言うこと信用されてると思わなかったな」

 佐久早の自己肯定感に感動を覚えながら言うと、佐久早は刷毛で色を塗りながら答えた。

「自分の言葉に責任を持て。お前は俺を変えられると自覚しろ」

 私はむず痒いような心地いいような気持ちのまま適当に言葉を探す。

「じゃあ私の子分になってもらおうかな」
「せめて弟分にしろ」

 末っ子らしい佐久早のこだわりに笑ってしまう。お互いに他の異性より特別だと気付いているのに、知らないふりをできるのはいつまでだろう。文化祭が終わったら私達の関係も変わるのだろうかと思いながら、私は刷毛を手に取った。