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「苗字さんを見てると、心がギュン!ってなってぐわあああ!ってするんです!」
「ど、どういうこと?」

 私は現在、影山君に呼び出されては謎の言語を披露されていた。二人きりになるのだから自然と恋愛の方面を期待していたのだが、影山君は何を言いたいのかわからない。影山君は伝わらないことがもどかしそうに眉を顰めた。

「とにかく、苗字さんを見てると俺の欲が増すんです!」
「ええ?」
「苗字さんとやりてぇ!」

 私の興奮は一気に失せ、気持ちが冷めていくのを感じた。要するに影山君は私を好きなのではなく、私とただ体の関係を持ちたいだけだったのだ。期待した私が馬鹿らしい。影山君の引き止める声が聞こえたが、私は構わず去った。純粋そうに見える影山君でもそういった欲があるのだと、勝手に裏切られた気分になりながら。

 影山君も自分が悪いことを言った自覚はあるようだった。あれから、前のように構ってくることはなくなった。だがわかりやすい視線をしばしば私に寄越すので、私の方が悪いことをしているような気になってしまう。影山君を避け始めて一週間が経った頃、影山君は私の席の前に現れた。

「この間はすみませんでした。俺、そんなつもりはなかったんスけど、あれじゃ失礼な言い方だって言われて」
「あ、うん……」

 私にとっては別にどちらでもいい。事実として、私と影山君は終わったのだ。始まってすらいない関係だが、今後私達が恋仲になることはないだろう。私の反応の薄さを気にかけず、影山君は自分の言葉を進める。

「先輩に言われて少女漫画を百冊読みました。その結果わかりました。苗字さんに、何て言えばいいのかが」

 段々と話が変な方向に行っているのを感じる。これでは、私と影山君がまた恋愛を始めるみたいではないか。焦っている間に、影山君によって壁に追い詰められた。

「おもしれー女、俺のもんになれ」

 少女漫画の台詞にしては些か古いとか、ここは他のクラスメイトもいる教室だとか、言いたいことは色々ある。だが傲慢な台詞と真剣な表情のミスマッチさが可笑しくて、私は笑い出した。影山君は「今の何で笑うんですか!」と焦ったような表情をしていた。