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「好きって言って」

 突然のお願いをした私に対し、幸郎は冷静だった。

「どうしたの? 不安になった?」

 私の顔を覗き込むが、私は視線を合わせない。幸郎は二人の恋愛についてのことだと思っているが、発端はそれではないのだ。頑なな私に対し、幸郎は宥めるような声を出す。

「目先の傷に蓋をしても根本的な解決にはならないでしょ。何があったの?」

 幸郎には私が本気で幸郎の想いを疑っているわけではないことも、全てお見通しらしい。本心を知っても責めるのではなく優しく聞き出す幸郎に心が震えた。私は安定しない声のまま、ぽつりぽつりと話し始めた。最近職場の先輩と上手く行っていないこと。今日、遂に嫌味を言われてしまったこと。幸郎は最初からこうなることを予期していたように真剣に話を聞いていた。私が一通り話し合えると、幸郎は少し間を空けてから口火を切る。

「俺は名前ちゃんの職場の人との仲を取りもったり、その人をどうにかすることなんてできないけどさ、名前ちゃんが仕事を投げ出さない最後の理由くらいにはなりたいと思ってる」

 顔を上げると、小指を立てた幸郎がこちらを覗き込むのがわかる。

「俺との約束。俺のために頑張って?」

 その言葉に心が解れていくのがわかった。現在、出費の七割ほどは幸郎が出している状況だ。幸郎のそれに比べて私の給料はあまりよくない。だというのに、まるで私に飼われているかのような幸郎の台詞に可笑しくなってしまった。私が仕事をやめたら幸郎を裏切ることになる、と思えば仕事を頑張ることができる気がする。私が小指を絡めると、幸郎は「指切った」と離した。

「ありがとう、幸郎」

 私がどれだけ救われたかも知らずに、幸郎は呑気な笑みを浮かべている。

「やっぱ退職するなら寿退職でしょ」

 私達の未来を決定づけるような言葉に一瞬戸惑う。だが古臭い形式に囚われるのもまた、幸郎らしいと思った。