▼ ▲ ▼

 その日は名前が糸師家に遊びに来ていた。目当ての冴の部屋を出た後に、偶然通りかかった凛に挨拶をする。その様子は長らくの知り合いである幼馴染の弟にただ声をかけただけという風であったが、凛は違かった。少し照れた様子で、「どうも……」と名前を見つめていたのだ。冴は凛の異変にすぐ気付いたが、その場では何も言わなかった。名前を家に送り届けた後、冴は臆せず口に出す。

「お前、名前が好きなんだろ」

 凛は全身を固くした。幼馴染とはいえ、名前は冴の彼女だ。好きな人まで兄の真似をしては、今度こそ兄を怒らせるかもしれない。だが凛は冴の前で隠し事などできなかった。

「うん。……名前のこと、好きになった」

 甘酸っぱい雰囲気を纏う凛に対し、冴は無表情に凛を見つめていた。その心中では怒りがあるのか呆れがあるのかわかったものではない。

「一晩貸してやろうか?」

 冴は凛が名前を好きになったことに対して、全く何の感情も抱いていないようだった。強いて言えば弟に対する情けだろうか。冴は名前を自分の持ち物だと思っているのだ。名前の扱いに思うところはあったが、凛は有り難く申し出を受け入れることにした。

「……で、何でこうなるんだよ」

 数日後、糸師家の座敷には二人分の布団が並べられ、凛、冴、名前が並んで寝転んでいた。状況について行けないという冴を置いて、後の二人は楽しそうな顔をしている。

「久しぶりにこうしたかったんだ」

 凛が言っているのは、幼い頃こうして三人で遊んだことだろう。だがもう三人は第二次性徴すら迎えているし、冴は夜の意味で一晩貸すと言ったのだ。話が違う、と言いたいところだが、二人が楽しそうなので言い出しづらい。

「なら名前を真ん中にしろよ」

 仮にも凛が好きなのは名前のはずである。凛になら名前に手を出されても構わないし、これでは本末転倒だ。しかし凛は嬉しそうな顔で冴を見た。

「兄ちゃんも好きだからいいんだ」
「フン……」

 今の冴達は、所謂川の字というやつだろうか。こうしていると家族にでもなったような気になる。凛なら、冴と名前が結婚しても自分の想いを捨てて温かく迎え入れてくれそうだ――などと、遠い未来のことを思い描いてしまう。冴はすぐに思い直して、何を乙女のようなことを考えているのだと自分に問うた。名前はただの一時的な女だ。気が向いたから付き合っているだけ。しかし、凛が喜んでくれるなら、三人で家族になるのも悪くない気がした。凛と名前の間で、冴はゆっくりと目を閉じる。