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 早足で歩く私の後ろを佐久早が追いかける。私達にしては珍しく、佐久早が気まずそうにしているようだった。それもそのはずだろう。私は、彼女でありながら大事なことを隠されていたのだ。

「古森と従兄弟なんて知らなかった。それに名前で呼び合ってたんだね」

 発覚したのは、古森が「聖臣」と言いかけたことだった。別に名前で呼べばいいのに、と言うと、「面倒だから学校では苗字呼びにしてんだ」と笑う。詳しく話を聞いてみれば、二人は他に人がいなければ名前で呼び合う、血の繋がった仲らしかった。

「別に言う必要なかっただろ」

 佐久早はきまりが悪そうにしながらも、こちらの顔色を窺うことはしなかった。同じバレー部に所属していて身内だと知られると面倒なことになる、その気持ちはわからなくもない。私とて佐久早の血縁関係を全て把握したいわけではないのだ。

「この分だと私以外にも女いそうだなぁ……隠すの上手いもんなぁ」

 目を細めて佐久早を見る。私がショックを受けたのは、佐久早が私に隠し事をしていたことだった。今まで平気な顔で古森のことを苗字で呼んでいたのだ。他の女と浮気している時も、きっと同じ表情をするに違いない。

「呼びたきゃ下の名前で呼べばいい」
「古森に嫉妬してるわけじゃないし!」
「じゃあ何なんだよ」

 この感情を言葉にするのは難しい。私は古森に嫉妬しているのではなく、佐久早が隠していそうな女に嫉妬しているのだ。だが現実にその女は存在するのかわからない。佐久早のことだから、浮気などしないだろう。本当は佐久早が誠実な人間であるとわかっているのだ。

「……隠されてたショック?」

 私ができるだけ軽い調子で言うと、佐久早は前を向いたまま口を開いた。

「お前にはいちいち伝えなくてもなんとなく伝わると思ってたんだよ」

 私は信じられない気持ちで佐久早に見入る。視線に気付いたのか、佐久早がむず痒そうに「何だよ」と言った。

「佐久早、すごいバカップルみたいなこと言ってる」
「やめろ」

 素早く佐久早からの停止がかかったが私は止まらない。佐久早は目に見えて私を好きだという態度を取らないが、こうして言葉の節々に滲ませることがある。

「以心伝心的な?」
「言ってない」

 すっかり機嫌を取り戻して佐久早をからかう私を佐久早は悔しそうな目で見た。私を見返すように「俺だってお前の考えてることくらいは大体わかるからな」と言ったが、そんなこと私を喜ばせるだけだ。余計機嫌を良くした私を、佐久早はお気に召さないようだった。