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初めて彼女を見たのは柱合会議の時だった。お館様の屋敷の外で、彼女は傘を持って立っていた。他の連中はそれぞれ無駄話をしたり他の出入り口から出たりしていたから、気付いたのは俺だけだったと思う。不死川は彼女を見てやや怒ったような口調になりながらも、手中の傘を見て仕方ないというような表情をした。まもなく雨が降ってきて、彼女は一人で使うには大きい傘を頭上に広げた。それでも不死川と一緒に入ると不死川の肩は少し濡れていて、彼女は不死川の恋人なのだろうと思った。

俺が不死川への羨望を感じているということに、自分でも驚いていた。見たところ不死川と彼女は相思相愛で、一緒に帰る場所があって、毎日はそれなりに楽しいのだろう。自分はそうなれない人間だと分かりつつも憧れてしまうのは、偏に蔦子姉さんの影響だと思う。蔦子姉さんが俺を庇って死んだりしなければ、そのまま結婚していれば、もっともっと幸せになれていたはずだと思う度に結婚への期待度が上がっていく。俺が恋しているのは、彼女にではなく彼女と不死川のような仲になのかもしれない。

長いこと、彼女を見ていた。その間に鬼を見逃したり、原因となった奇妙な兄妹のおかげで自分の劣等感を克服できたりした。でもやはり彼女は憧れの人で、いつからか彼女自身にも恋をしている自分に気付いた。鬼殺隊が解散し、ただの人間になっても思う。俺の恋は、彼女から始まったのだと。

最後の柱合会議の終わり、彼女は初めて見た日のように門の前に立っていた。不死川はまだ屋敷の者に挨拶をして回っている。俺を動かしたのは、もう二度と会うことはないという後ろ盾と鬼殺隊でもなくなったという身軽さからのふとした思い立ちだった。

「好きだと思ったのだが、お前は不死川の恋人なのだろう。これはただの独り言だと思って聞き流してくれ」

見知らぬ男が突然隣に立って告白などしたからか、彼女は大層驚いた様子だった。その顔が見られただけでも良しとしよう。俺が歩き出そうとした時、後ろから震える声で「違うんです」と聞こえた。

「私は、不死川様の恋人ではなく、ただの女中なのです」

俺は思わず振り向いて間の抜けた顔を彼女に晒した。それから、まるで彼女の照れが移ってしまったかのように何も言えなくなってしまった。こんな時どうしていいのかなんてまるで知らない。恋に慣れた男ならば口説き文句の一つでも言うのかもしれないけれど、俺は刀ばかり振るってきたでくのぼうだ。彼女も家事ばかりしてきたのは同じのようで、この場には何も言えないでくのぼうが二人残された。