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 いつのまにか陽は早く落ち、冷たい風が吹く季節になった。アウターの選択を後悔しながら家への道を辿ると、アパートの前の電柱に大きな影を見つける。数メートル手前まで進むと、見知った輪郭が現れた。

「この時間まで残業? お疲れ様」

 その笑顔からは恐ろしさすら感じる。昼神君が何故私の家を知っているのだろう。昼神君とは大学の同期で、卒業後付き合い始めたが、一人暮らしをしてからは家を教えた覚えがない。

「昼神君、どうして……」
「この辺りって人通りがないんだね。街灯も少なくて薄暗い」

 私の言葉を遮って昼神君は続けた。一つ言葉を発するごとに白い息が漏れては消える。昼神君はゆっくり私に近付くと、つま先が触れる距離で立ち止まった。

「ほら、こういうことだってできる」

 昼神君の顔が私に近付く。今は外だとか、近隣の住民に見られるかもしれないといったことはどうでもよかった。ただ昼神君の瞳が孕む狂気に私は怯えていた。昼神君が何より私を大事にしてくれていることは承知済みだというのに、私はこれから性暴力被害者のように犯されるのではないかという気がした。

 昼神君は唇を数センチ前まで寄せると、一度停止する。窺うように私の目を覗き込んでから、すぐに離れた。

「なーんてね、流石に外ではしないよ。早く家に入って暖まってね」

 笑顔になった昼神君について行けずに呆然と立ち尽くす。昼神君の仄暗い雰囲気が変わった。普段の昼神君だ。とはいえ先程までの昼神君が演技だとは思えず、むしろあちらの方が昼神君の真髄なのではないかと思った。昼神君は用が済んだとばかりに帰っていく。出来事だけをなぞれば、昼神君は仕事帰りに彼女に会いに来たまめな彼氏だろう。だが私には、警鐘のように思えてならなかった。闇に消える昼神君を見送った後、私は慎重にアパートに入る。これからは、帰りの時間に気をつけようと戒めながら。