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「苗字さんってさ、いい子ちゃんしすぎて気持ち悪いよね」

 どうしたものかと引き攣らせた顔を上げる。直球の悪口を本人に言った男、昼神幸郎は何の悪気もないように笑っていた。この一年間で、昼神君が同い年の男子とは一線を画した存在であることは理解していた。だが話すのは殆ど初めての状態で、相手を貶すようなことを言うだろうか。私が何も言わないのをいいことに、昼神君は続ける。

「俺悪い所が何も見えない人って苦手なんだ。作られた顔しか見せられてない気がして」

 別に私が昼神君に苦手だと思われていようがどうでもいいのだけど、それなら一つ異論がある。

「昼神君も結構そのタイプだと思うけど」

 昼神君は誰にでも優しい。いつも笑っていて人当たりがよく、女子に密かな人気があることも知っている。だが昼神君は私の言葉を意に介さないように流した。

「そう? 俺は今苗字さんに俺の黒い所教えたよ。苗字さんは?」

 嫌でも自分のペースで話を進める気だ。私は観念して頭を動かす。そもそも、昼神君が私を嫌おうが自由だ。私の悪い所が見えないのならば、見えないまま苦手でいてもいいはずだ。

「もしかして、私と仲良くなりたいと思ってる?」

 自意識過剰だと笑われてしまうかもしれないと思った質問は、さらに衝撃の強い言葉によって書き換えられる。

「不正解。正解は、好きになりたいって思ってる」

 たった今告白まがいのことをされたことよりも、昼神君の言葉の方が気になった。普通は自然と人を好きになるはずだ。先に人を決めてこの人を好きになろうなど思わない。やはり昼神幸郎は理解できない。

「無理して好きにならなくていいのに」
「だって名前ちゃんのルックス結構好みだからさ」

 知らない間に下の名前呼びになっている。これは逃げられないと観念して、私は自分の黒い部分を話すことにした。本当にこれで昼神君は好きになってくれるのだろうか。私は好かれなくてもどうでもいいけれど。昼神君は穏やかな笑みをたたえたまま話を聞いていた。