▼ ▲ ▼

 治と別れてから、変わり映えのしない毎日が続いた。つまらないと思うこともあったけれど、私の生活とは本来このようなものであったかもしれない。治といた頃に戻りたいと強く思っているわけではないのに道端で治に縋っているのは、ひとえに治が私を好いているからだろう。

「治、まって、付き合おう」

 治は何か言いだけな目で私を見下ろした後、「あかんよ」と言った。私を振り払おうとはしない。今は冷静にしている治が、私のことを長く引きずっていること、私と別れてから私と似た顔立ちの女の子とばかり付き合っていることを私は人づてに聞いた。治と付き合おうとするのは、同情の部分が大きいのかもしれない。男の子は情けをかけられるのが嫌だと聞いたことがある。それでも、男女が復縁する理由なんて大それたものではなくてもいいのではないだろうか。

「何で、」
「だって名前俺のこと好きやないやろ」

 それでも足掻こうとする私を諦めさせるように、治は「俺のこと好きとは言わんやん」と言った。図星だった。私は付き合おうとは言ったが好きだとは言わなかった。言えなかったのだ。私が治と付き合おうとする理由に、恋愛感情は含まれていないのだから。

「付き合ってたら、好きになるかも」

 私もなかなか諦めが悪かった。実際に、付き合っていく内に好きになるということはあるだろう。だが治は静かな表情で私の手を自分の腕から外した。

「名前はもう俺のこと好きにならへんよ」

 私のことを一番にわかっているのは私ではなく治だったのだ。私は治がいかに良き理解者であったかということを今になって痛感した。勿論もう取り返しがつかないことはわかっている。

「ほな、タクシー乗って帰れよ」

 治は夜の街に消えていく。失恋したのは治のはずなのに、得体の知れない消失感が私を渦巻いていた。