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「お前お菓子持ってるか?」

 珍しく下校時間の重なった帰り道、唐突に信介は尋ねた。鞄の中身を頭に浮かべながら、私は曖昧な答えを口にする。

「飴ならあると思うけど……」

 真面目を絵に描いたような信介も学校でお菓子を食べたくなったのだろうか。正確に言えば学校ではなく帰り道だが、信介が間食をするイメージはあまりない。あっても栄養のあるもので、コンビニで売っているスナック菓子を食べるところは想像できなかった。信介は飴を強請るでもなく、悪戯めいた顔を向ける。

「トリックオアトリート」

 一瞬理解できなかった。いや、日本でもお馴染みの文句となった英文の意味は知っているのだが、信介がこの状況で言うことに頭が追いつかなかったのだ。信介も季節の行事に乗っかるお茶目さがあるとして、先程のやり取りは何なのだろう。

「事前に確かめてからやることある!? 付き合ってるんだから悪戯でいいやんか!」

 そう、私と信介は恋人同士なのだ。ハロウィンに乗っかるなら不意打ちを狙うべきだし、むしろその悪戯を楽しむのが世間の恋人達のやり方である。

「合意を得ないでするのはなんか違うやろ。悪戯って一方的やしな」

 信介の言うことは理にかなっている。しかし、そこまで大袈裟に言われると、ハロウィンの悪戯がまるで犯罪か何かのようだ。飴を持っていなかったら、信介は私に何をする気だったのだろうか。

「信介、何考えとんの……?」

 困惑している私の様子を楽しむように、信介はおちょくるような笑みを浮かべた。

「『付き合ってるんだから』悪戯でええんやろ? ならそれなりのことさせてもらわんとなぁ」

 私は罠にはめられたことを知る。恋人同士を強調したことで、恋人にしかできない何か――恐らく、密室で行うようなことを、信介はやろうとしているのだ。私が想像していたのはくすぐる程度の悪戯だったと弁解するのも虚しい。信介は真顔で「そんなん友達でもできるやんか」と言ってのけそうだ。信介にイチャつくという概念はない。その代わり、二人きりになると自分のものであると強調するように抱き寄せることが多い。今年のハロウィンは諦めて、信介の言いなりになることにした。恋人と甘い――というよりはハードな――時間を過ごす言い訳ができたと思えば、いい収穫なのだろうか。