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「トリックオアトリート!」

 今日だけに許された定型文を言うと、影山君は戸惑うでもなくシャツのボタンに手をかけた。

「犯してください」

 俗的なものとは距離を置いてそうな影山君がハロウィンを知っていることにも驚きなのに、曲解とも言える解釈を受け入れていることにも驚く。その潔さを見ていると、私が悪いことをしているようだ。

「なんか勘違いしてない?」

 お菓子をせびるのをやめ、私が通常の顔に戻って言うと、影山君は素直に答えた。

「お菓子がない時はこう言えって言われました」
「またあの先輩でしょ。ハロウィンはただの悪戯でいいんだよ」

 一度クラスに来ていた先輩の顔が頭によぎる。影山君の話によく出てくる彼は、悪戯めいたことを影山君に教える。今回だって、相手が私でなければ影山君はそのまま食われていたかもしれない。女子にいいようにされる影山君は、あまり想像つかないけれど。

「でも俺と苗字さんの間で起こる悪戯って性的なものなんじゃ……」

 ハロウィンの意味を理解しただろうに、まだ影山君はそんなことを言う。暗に自分の気持ちを指摘された気がして、私はむきになって言い返した。

「私達はただのクラスメイトでしょ! 何でそうなるの」
「そりゃあ俺が苗字さんを好きだか」

 全て言いそうになった影山君を途中で止める。まだ、それを聞くべき時ではない。

「クリスマスは一ヶ月記念日がいいな!」
「は?」

 突然クリスマスの話をし出した私を影山君は不思議そうな目で見た。影山君にもわかるよう、私は抵抗のない範囲で噛み砕く。

「一ヶ月猶予あげるからそれまでに雰囲気ある告白の練習してきてって意味!」

 いくら何でも、話の途中でこぼすように告白されてはたまらない。影山君は私の好きな人なのだから、それなりにロマンチックなシチュエーションを期待してしまうものだ。照れを隠すように語気を強めると、影山君も強い口調で言い返した。

「わかりました!」

 真面目腐った影山君のことだから、一ヶ月間必死に考えるのだろう。たとえ告白が上手く行かなくとも、一ヶ月記念日になるクリスマスを楽しく過ごせればそれでいい。ハロウィンのリベンジは、クリスマスで待っている。