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 恋人の治はおおらかで余裕のある人だった。スキンシップを強要されたことはないし、メッセージは溜めずにすぐ返ってくる。自分の清廉潔白さを示すように店の知り合いにも私を彼女だと紹介してくれた。私達は所謂適齢期の男女だから、時折外堀を埋められているような気持ちになる。それでも治が真剣に私と付き合ってくれているということが、私はとても嬉しいのだった。

 その日は珍客が来た。閉店間際のおにぎり宮に行くと、作業服の人が裏口から入ってきたのだ。業者か何かだろうか。その割には、治は親しそうにしている。

「北さん、この人が新しくできた彼女です」

 突然紹介にあずかり、私は慌てて頭を下げる。北さんと呼ばれたその人は、「よろしく」と帽子を上げてみせた。見た目の年齢は私達とそう変わらなさそうだが、どことなく成熟した雰囲気をまとわせている。

「こちらは……?」

 治に紹介を急かすと、治は軽々と答えた。

「米の取引させてもろとる北さん」
「取引先!?」

 ビジネスの相手に恋人として紹介されたことに衝撃が走る。常連とはいえ、店の客には何とでも言い訳がつく。間女ができたら店には連れて来なければいいだけだし、別れたら別れたで治なら常連さんとの話題に昇華してしまうのだろう。だが、取引先の相手に話すなら、もう婚約が成立しているとかそういう段階の話だ。軽々しく相手を紹介して別れました、また彼女ができましたでは仕事の信頼も失ってしまう。責めるように治を見上げると、治は屈託のない笑みを浮かべていた。

「俺らアプリ産やから少しでも誠実なとこ見せよう思って。まあ、高校の先輩なんやけど、俺はここまで本気やでって」
「やるやん治」

 北さんは治を見て誇らしげな顔をしている。私だけが取り残されたように立ち尽くしていた。私達はマッチングアプリで出会った仲だ。出自を証明するものもなければ共通の友人もいない、連絡先をブロックしてしまえば全て終わる仲に不安を感じていたことに気付いていたのだろう。治は長い歳月をかけて、私の不安を取り除いてくれていたのだ。

「幸せにしたれよ」
「勿論です」

 北さんに頷く治の横顔を見てより一層、好きだと思った。