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「佐久早〜!」

 数メートル先から廊下を走ると、私は「大好き!」と言って腕にしがみついた。周りはこの光景に慣れきっており、注意を払う人間はいない。張本人の佐久早は呆れたように私を見下ろした。

「お前恥ずかしさとかないのか」
「ないよ?」

 即答すると、佐久早はわざとらしくため息をつく。

「お前は好意がわかりやすすぎるんだよ……誰がどう見たって俺のこと好きだろ! 周りの目が困るんだよ」

 私は目を丸くした。佐久早は一体何が言いたいのだろうか。私の行動によって恥ずかしい思いをしているというのは間違いなさそうだが、私に諦めろと言いたいわけではないようだ。事実、佐久早は私にまとわりつかれて得意げな顔を浮かべることがある。普段は迷惑そうな顔をするのみだが、佐久早は決して私の好意を嫌がっているわけではないのだ。

「お前今すぐ俺に告れ。焦らすのはやめろ」

 私は虚をつかれた。

「佐久早私のこと好きなの?」

 大して驚かない私を不満に思ったのだろう。佐久早はどこか苛ついたような口調で言った。

「別に好きじゃない。でも告白しろ」

 その言葉からは、私のことを下に見ているのがありありと伝わってくる。佐久早が何をしようと好かれていると思っているのだろう。それは事実でもあるのだが、好意にあぐらをかかれるといい気はしない。

「オッケーしてくれないなら告白しない」

 私が初めて佐久早に反抗めいた態度をとると、佐久早は憤慨したように語気を荒げた。

「これ以上周りに見せつける気か! もういいオッケーしてやる! 早く告白しろ!」

 佐久早にとっては関係性が変わればこれまでのようにまとわりつかれることはどうでもいいらしい。周りの目が鬼になるなど、いかにも佐久早らしいことだ。恋人同士になれば周りから注目されないなど甘いにもほどがある。
 私が何を考えているかも知らず、佐久早は告白をオーケーした。