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「お前の味噌汁が毎日食いたい」

 二人揃って夕食を食べていると、唐突に侑が茶碗を置いて言った。名前はさして驚くこともなく侑を見返す。

「侑朝はパン派やん。何言っとんの?」

 その様子は純粋に不思議がっているようだ。名前は言葉を額面通り受け取って、その含みにまるで気付いていない。普通同棲している男女の間でこの言葉が出たら、少なからず結婚を意識するものだ。侑は痺れを切らして叫んだ。

「だからなぁ! そういうことやなくて! お前と毎日一緒にいたいって言うとんねん!」

 侑としてはこれ以上なく素直になったつもりなのだが、それでも名前にとっては足りないらしい。名前は平然とした表情で、「つまり?」と先をせかした。

「結婚してください……」

 もはや雰囲気も何もなく、侑はしょぼくれた様相でプロポーズの言葉を口にした。大失敗だ。名前が鈍くなければ格好いいプロポーズになったはずなのに。やはり家でプロポーズするのはやめて、夜景を見に行くべきだっただろうか。侑の心中など知らず、名前はにっこりと笑ってみせる。

「よろしい」

 この分だと名前は初めから気付いていたのだろう。侑に対して厳しいのはいつものことだが、プロポーズの時くらいは優しくしてくれないものか。

「雰囲気任せのプロポーズなんて許さへんからな」

 疑惑を決定づける言葉に、侑は思わず噛み付いた。

「最初っからわかってたんなら言えや!」
「侑から言わんと」

 そう語る顔は結婚やプロポーズに夢を見ているようでもある。

「お前そんな乙女やったか?」

 訝しむように侑が尋ねると、名前はからかうような表情で口を開いた。

「侑の前やと乙女なんやで」

 どの口が、と言いたくなるが、その言葉に悪い気はしない。結局侑は名前のことになると単純なのだ。名前の策略に乗せられてしまうくらいには。こうして何十年先も名前の掌で転がされ続ける未来もまた、いいものかもしれない。