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 少し早めの電車に乗ると、教室には昼神君しかいなかった。何でも、朝練が急にオフになったのだという。昼神君は笑って私に教えてくれた。鞄の整理をする私の前の席の椅子に腰掛け、昼神君は私を眺める。手持ち無沙汰になった私は、昼神君を見つめ返すしかなくなってしまった。

 教室にはまだ冷たい空気が残っていて、遠くで誰かの足音が聞こえて来る。それら全てが私達とは別の世界の出来事のような気がして、私は微睡むように昼神君との世界に浸った。間違いなく今はいい雰囲気であると思う。告白するつもりなど全くなかったのに、私は口を開いていた。

「あのね、私」

 ところが、私の言葉を遮るように昼神君が言葉を発する。

「俺も好きだよ、名前ちゃん」

 途端に夢から醒めたような気になって、私は肩を跳ねさせて起き上がった。昼神君には私の気持ちが知られていたのだ。今から告白するということさえも。先程の決意はどこかへ行き、私は照れを隠すようにむきになった。

「私が好きだなんて一回も言ってないし。ていうかこういう時だけ名前呼びしないで」

 普段昼神君にすり寄っているのは私の方であるくせに、今になって突き放すような態度をとる。昼神君は可笑しいと言うように笑った。

「今告白しようとしたんでしょ。付き合ったら名前呼びにしなきゃ」

 昼神君がいい意味で自分を持っている人――多少変わっている人――ということは知っていたけれど、あまりにもマイペースすぎる。気付けば私を置いて話が進んでいる。

「決めつけないで! あとまだ付き合うか決まったわけじゃないから!」

 昼神君の言っていることが真実に違いないのに、私は意地を張る。昼神君が俯瞰するように見ていることが、私は気に食わなかった。しかし、こう言われれば話は別である。

「付き合わないの?」

 昼神君の垂れ目に見つめられ、私は言葉をなくす。昼神君に甘い言葉を囁かれたら、力なく従ってしまうのが私なのだ。

「付き合うけど……」

 私が小さな声でこぼすと、昼神君は揚げ足を取るように笑った。

「ほら、やっぱり俺のことが好きなんだ」

 むかつく、と思う。けれどそうやってからかってくるところすら好きだと思うから、重症だと思う。多分私は、昼神君が思っているより昼神君のことが好きだ。