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 本部を訪れた迅は、目の前の光景に立ち止まって視線を逸らした。気まずそうに後頭部を掻くも、名前の存在感は消えない。仕方なく、迅は名前に話しかけた。

「あー……もしかしておれのせい?」

 迅が言っているのは、名前の髪型のことであった。背中の中頃まであった名前の髪は、肩より上で揃えられている。迅がショートの方が好きだと話したのはつい昨日のことだ。ついでに言えば、名前は迅を好いている。名前が迅の好みに合わせたことは明白だった。

 このような時、スマートに聞けない自分がもどかしい。拙い言葉を紡ぐ迅に対し、名前は芯のある言葉を通した。

「これはたまたま。迅のせいで髪切るのはフラれた時って決めてるから」

 途端に迅が顔を顰める。迅を好きでいるのは勝手だが、迅がどうするかまで名前に決められては困る。恋愛とはあくまで二人でするものなのだ。迅が名前をフるなど、どうして決めつけるのだろうか。

「何でフラれる前提なんだよ」

 苦情のように言うと、それ以上に棘のある言葉を返される。

「オッケーもしてくれないくせに」

 それを言われてしまえば迅はもうお手上げである。迅の弱みをよく知っているこの女は、流石迅を好きだと言うだけあるというところだ。

「それはどうもすみませんね」

 迅が素直に降参すると、名前は鼻を鳴らした。改めて迅は名前の髪を見やる。失われた十数センチの髪の責任を、迅はどう取ろうか。