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 朝一番に佐久早君と出会してしまった。私は心の中で後悔した。ショートホームルーム直前の時間帯は、ちょうど運動部が朝練を終えて戻ってくる時間でもあるのだ。その場を後にしようとした私を佐久早君が引き止める。

「何で逃げる?」

 私は振り返り、信じられない思いで佐久早君を見た。佐久早君がここまで人の感情に鈍い人だと思わなかった。

「私昨日佐久早君に告白したばっかりなんだよ!? 普通緊張するよ」

 返事こそ求めなかったが、私は昨日佐久早君に自分の想いを伝えた。少しは佐久早君も気まずくならないのだろうか。それとも、私の気持ちなどどうでもいいのだろうか。

「俺は緊張しない。お前の気持ちはわからない」

 多分、大事な場面に慣れている佐久早君は緊張を知らないから、告白したくらいのことで慌てる私が理解できないのだろう。佐久早君は独り言のように続けた。

「普通好きな人に触れられたら嬉しいだろうが」

 少し責められているような気分になる。好きな人、とは佐久早君自身のことだろう。佐久早君に腕を掴まれた今の状況に喜べと言うのか。生憎私はそこまで呑気ではない。反論しようとした私に被せるように、佐久早君は言った。

「俺はお前に触れると嬉しい」

 私は頭の中で佐久早君の言葉を整理した。佐久早君の中で好きな人に触れることは嬉しくなるはずのことで、佐久早君は私に触れると嬉しい。私の頭が一つの結論を導き出した。

「……今の、告白の返事?」

 遠回しに尋ねると、佐久早君は至って真面目な表情で答えた。

「別にそういうつもりじゃない。返事は後でする」

 佐久早君はあくまで私を焦らす気なのだ。私は痺れを切らして佐久早君を見上げた。

「じゃあそれまで私はどうしてればいいの……」
「俺を諦めなければそれでいい」

 告白の返事は待たせるくせに、私には好きでい続けろと言うのか。佐久早君の横暴を不服に思いつつも、従ってしまう私がいた。