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 名前は牛島の前に現れると、窺うように牛島の顔を覗き込んだ。

「牛島君、今度の試合観に行ってもいい?」

 その様子はまるでデートに誘っているかのようでもある。牛島が試合をしている様子を名前が一方的に眺めるだけであるが、二人にとっては十分意味のある出来事なのだろう。名前とは対照的な冷静さで牛島が答える。

「やめてくれ。お前がいると集中できない」

 牛島らしからぬ、自分の弱みを暴露するような発言なのだが、牛島の態度からはとてもそう言っているようには見えない。

「でも試合会場にいたらわからないと思うよ?」
「俺はお前をすぐに見つけることができる」

 白鳥沢の試合の観客は多い。名前の言うことはもっともなのだが、牛島はその中でも名前を見つけるらしかった。大勢の中からたった一人を見つけられるなど好きだと言っているに等しいのだが、二人からはそのような緊張もときめきも見えない。

「じゃあ試合には行かない方がいいのかな」

 名前の従順さが見え隠れする。名前もバレーに興味があるのではなく、あくまで牛島とお近づきになりたいのだろう。

「オフに会うのならいい。その方が俺も嬉しい」

 試合に誘うより踏み込んだ発言だと気付いていないのだろうか。牛島が普段通りの調子でそう言う。名前は「ありがとう!」と弾んだ声で返して、どこかへ走り去って行った。一連の出来事を眺めていた瀬見と山形は顔を見合わせた。牛島が通常の男子高校生のように浮かれたり照れたりするところは想像できない。だからと言って、恋する乙女の名前より踏み込んだ発言をするだろうか。

 名前ばかりが好いていると見せかけて、実は牛島の方が気持ちが大きそうだ。両思いなのだろうが、付き合う日は遠いのかもしれない。二人は名前の苦労を思いやった。