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 蘭に呼び出された時、蘭は喧嘩をした後だった。喧嘩をする約束をしていなくても街中で吹っ掛けられる男だ。人を殴らない日の方が少ないのかもしれない。呼び出しておいて数十分遅れて現れた蘭に、私はそっぽを向いた。

「何で呼んでおいて遅れて来るの! もう知らない!」

 そのまま歩き出そうとすると、蘭に手を掴まれる。構ってちゃんと言われようが私はこうされたくてやったのだ。期待を込めて振り返ると、蘭の甘い視線――の代わりに、蘭の肩のあたりからどろりと血が降りてきた。

 二人で思わず黙り込む。蘭の様子からして、この血は恐らく返り血だろう。自分の血であったら悪趣味な蘭は喜んでいそうなものだ。全くの他人の血を肌にかけられるなど、気持ち悪い以外の何者でもない。蘭もやはり自分の彼女に返り血をかけることに思うことがあるのか、暫く考え込むような表情をしていた。

「体液が触れ合うってこれもうセックスだろ」
「セッ……!?」

 私は絶句する。走ってきた後手袋を脱いだ私の手には、汗が浮かんでいた。そこに返り血が混じったのだ。確かに蘭の言う通り、体液の混ざり合いかもしれない。

「あーあ、寝取られだ寝取られ」

 ちっとも悲しそうではない顔で蘭は嘆く。蘭のおふざけに付き合う気はないが、不名誉をかけられてそのままにしておくわけにもいかなかった。

「蘭から掴んできたんでしょ!」

 私が反論しても、蘭は寝取られた男という体を崩さない。

「彼女とられた俺かわいそー」

 一体いつまで寝取られごっこで遊んでいるつもりなのか。今度こそ私が帰ろうとした時、蘭が警棒を掴んだ。

「お清めしないとなァ」

 蘭が舌なめずりをする。蘭が喧嘩をしたせいで返り血を浴びたという、私は何も悪くない出来事で激しくされなければいけないらしい。それも気分屋の蘭の彼女であれば慣れたことだ。私は諦めて建物の陰に連れられた。