▼ ▲ ▼

 学園祭が近付き、校内は浮足立っていた。中でも話題になっているのは、去年の学園祭で誕生したカップルである。二人は互いを好いていたが、後夜祭のフォークダンスで男子の方から告白し、晴れて恋人となったらしい。その顔の美しさも相まって、二人は我が校の名物カップルとなった。

「私もそういうの、憧れちゃうなぁ……」

 独り言のように呟いてから、私の声を一番近くで拾っているのが隣の席の佐久早君だということに気が付いた。

「あっ、佐久早君はもうそういう風に見てないからね!?」

 慌てて弁解した私に対し、佐久早君は頬杖をついて不満をにじませる。

「……初めから対象外にされるとむかつく」

 それは恋愛の、という意味なのだろう。だが私は佐久早君を恋愛対象にしてはいけない明確な理由があった。佐久早君は高校に入学したばかりの頃、ミーハー心で告白した私をフったのだ。

 私の視線から異議を感じ取ったのだろう。佐久早君は「あの時はフったけど」と口を開く。

「勝手に諦められるのは嫌だ」

 なんという我儘な理屈だろうか。私はとっくに失恋しているのだから、他の男の元へ行こうが自由なはずである。それが嫌なら告白された時点でオーケーしておけばいいのだ。自分のものにはしないくせに支配したがる、完全に関わったらダメな男だ。

 私がそう考えているとも知らず、佐久早君は「もう一回好きになんねぇの」と尋ねる。その勝手さに呆れつつも、心のどこかで期待してしまうのだから自分を嫌になりそうだ。

「佐久早君が好きにさせてよ」

 私に好きになる努力を強いるのではなく、そこまで言うなら惚れさせたらどうか。私にしては強気に出たつもりだったのだが、我儘王子の佐久早君にはしてやられた。

「勝手に惚れられたからわかんねぇ」

 まるで惚れた私が悪いかのような言いぐさである。佐久早君の言う通り勝手に惚れた私に言えることはなく、私は負け惜しみを口にした。

「これだからモテる男は!」
「モテる男を後夜祭のアマゾネスから守ってほしいんだけど」

 平然と言い返され、私は拍子抜けする。後夜祭のアマゾネスとは佐久早君と後夜祭の勢いで付き合おうとする女子生徒のことだろう。守られるほど可愛い図体でもないくせに、今更何を言うのか。

「守るって何するの」
「俺と後夜祭の間隠れてるだけ」

 どう? と問われた私は、必死に己の理性と戦う。これをチャンスと捉えるべきか、フラれた後も好きでいろなどとのたまう男はこっちから願い捨てするべきか。結局私は佐久早君に弱いということを、佐久早君は知っている。