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「今日はいい夫婦の日だな」

 突然そう言った牛島に、名前は口を開けたり閉めたりしながら固まった。

「大丈夫か? おい、すまない」

 その挙動不審が自分のせいだと感じたらしい。牛島は一度謝ってから、言葉を続けた。

「天童に苗字に言ってみろと言われたんだ。天童は悪戯のつもりで言ったのかもしれない。すまない」

 素直なのが牛島のいいところだった。悪戯好きの天童にしろと言われたことを実行するし、あっさりとネタバレもしてしまう。漸く落ち着いたらしい名前が、途切れ途切れに言葉を発した。

「い、いいよ……天童君は多分、私からこういう反応が来ることわかってたんじゃないかな?」

 天童には、というか牛島以外のほぼ全ての人間には名前の気持ちが筒抜けである。若利君をけしかけたら面白いだろう、など天童の考えそうなことだ。

「何故だ」

 牛島に問われ、名前は言葉に詰まる。それを聞かれたら告白しなければいけないのだけど、本人が聞くのだろうか。

「ほ、ほら、私は牛島君のこと……好きだから、夫婦とか言われたら意識するだろうって」

 遂に言ってしまった。いくら牛島が鈍いと言えど、この「好き」を友達としての好きだと考えたりしないだろう。緊張する名前に対し、牛島は顔色を変えなかった。

「俺達は結婚していない」

 名前の気持ちには何も反応していない、言わばマジレスである。名前は嬉しいような悲しいような気持ちになりながら言葉を続けた。

「そうだけど、将来的にそうなりたいな〜みたいな?」

 牛島が鈍いものだから、名前の感覚も麻痺していた。何を言っても牛島は反応しないだろうと思ったのだ。だが、今回は牛島に伝わったようだった。

「苗字……そこまで真剣に俺のことを考えてくれていたのか」

 感動した様子の牛島に嫌な予感を察する。

「今のはただの憧れっていうか」

 名前の声を遮り、牛島は続ける。

「それなら俺も真剣に苗字のことを考える。苗字の親に会わせてくれないか」

 いくら何でも、段階を飛ばし過ぎている。これは名前にとっていいのか悪いのか、とても判断できたものではない。目眩すらしそうな気になりつつも、名前はオーケーするしかないのだった。