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※転生
※キメツ学園世界線
※捏造あり

「約束だ。ずっと一緒にいよう」

記憶の中でその人はいつでも優しく語りかける。けれども私はその人が誰なのか顔も思い出せないのだった。誰かを待っているはずなのに、誰を待っているのかは思い出せない。物心ついてから、切なさがもどかしい状態が続いた。今年で二十五回目になる夏のある朝、私は布団から天井を見上げ決めた。今年こそ、記憶の中のあの人を探す。

そう決心してまずやってきたのは幼馴染の冨岡の家だった。冨岡は私の家のすぐ近くのアパートに一人暮らししており、何かと世話を焼いてやっている。どちらかと言うと私が冨岡に助けてもらっていることの方が多いのだが、一応私の方がお姉さんであるという認識だ。でも時々冨岡が私のことなど何でも知っているというような口ぶりをすることがあるから、私達の関係は私が思っている以上に複雑なものなのかもしれない。冨岡の家を訪ねると冨岡は居間のテーブルで新聞を読んでいるところで、私の足音に「何だ」と顔を上げた。

「ねぇ、手伝って。人探し!」
「探す当てはあるのか」
「ない。名前も覚えてないしね。でもずっと一緒にいようって、約束したことだけははっきり覚えてるの」

そう言うと冨岡は案の定渋い顔をした。あまりにも漠然とした情報しかない人探しに付き合っていられるかと思っているのだろう。私とて普通ならばこれだけの情報で見つかるとは思えない。でも、私が昔の約束を何年も覚えていたように、また不思議な力が働いて見つけられるのではないかという気がするのだ。

「断る」
「そう言わずにさ! どうせ暇なんでしょ?」
「暇だ。だが断る」
「この間洗濯機壊れた時に使わせてあげたの誰だっけ」

そう言うと、冨岡は眉間に皺を寄せながらも顔を上げた。「……着替えてくる」立ち上がってドアを閉める冨岡に、私は密かに拳を握った。


あれから電車に揺られ、やってきたのは私達が住んでいる所から数十キロ離れた東京の下町だ。私が「着いた!」と言って電車を降りると、冨岡は驚いたような顔をして「場所を知っているのか」と聞いた。

「その人がいる場所は知らないよ。でも、この辺りをその人と一緒に歩いたなーって覚えてるんだ」
「その人物と話した以外の……前世の記憶があるのか?」
「うん」

私が答えると、隣で息を呑む音がした。

「今より少し前、日本には鬼がいて、私は鬼狩りだった。その人も鬼狩りで、二人でいろんな場所を回って鬼を退治してた」
「ここがその一つというわけか……」

私と冨岡は並んで通りを歩く。今でこそコンクリートの道になってしまっているが、時折見える老舗の店舗や寄席はどこか覚えがある。今冨岡と歩いているように、私もその人と並んで歩いたことがあったはずだ。

「ここら辺でご飯を食べたり、したはず」
「……風情もない下町のただの飯屋に連れてくるなど、お前は本当に大事にされていたのか?」

冨岡の言葉が頭を駆け巡る。名前こそ思い出せないものの、あの人のことで思い出せることは年をとるごとに増えてきた。私の記憶の中のあの人は、いつも決定的な言葉こそ言わなくても、私をとても慈しんでくれる人だった。

「付き合ってたかどうかは、わからない。記憶がないとかじゃなくて、その人は大事なことはあんまり言わなかったから……でも、私を大事にしてくれたのは確かだよ」

そう言うと冨岡は何も言い返してこなかった。私達は無言のまま、下町の街並みを歩く。冨岡にとってはただの知らない街であるはずなのに、冨岡はいつまでも私の散策に付き合ってくれた。「もうやめよう」と私が言ったのは、四十分は歩いた頃だった。

「次の場所へ行こう」

そうしてやってきたのは、先程訪れていた場所と私達の最寄りの中間にあるとあるパン屋だった。何故パン屋に、とでも言いたげに冨岡は私を見る。私はショーウィンドウの中を覗き込みながら口を開いた。

「この間鬼狩りの話をしてる男の子がいたの。その子と、一緒に話してるもう一人の子も似たような記憶があるみたい。きっと一緒に鬼狩りをやってたんだと思う。その子がここでパン屋さんをやってるって言ってたんだ」

納得した様子の冨岡を連れて、私は店員さんに尋ねる。高校生くらいの男の子はいますか? と聞くと、前に見た通りの男の子が奥から出てきた。その子は私達を見て酷く驚いた顔をした。

「俺の生徒だ」

冨岡がそう言うと、その子は「こんにちは」と頭を下げた。名は炭治郎君というらしい。私は冨岡の幼馴染であることと人探しをしていることを話し、「私とか炭治郎君が鬼狩りをしている間に私と恋人関係にあった人を知らない?」と聞いた。炭治郎君は酷く狼狽した様子で冨岡を見た。私が街で聞いた話は聞き間違いで、この頭のおかしい女は何を言っているのだろうと冨岡に助けを求めているのだろうか。私が「ごめんね」と謝ると、炭治郎君は悲しげな様子で首を振った。

「俺には答えられませんが、あの時代のものが残っている場所なら案内できます。ちょうどこの近くです」

炭治郎君は丁寧にメモを書いてくれ、私はお礼を言ってからパン屋を出てその場所に向かった。もう疲れてきているのか、冨岡は殆ど無言だった。

「すみません」

立派な構えの門を叩き、人が出てくるのを待つ。すると姿を現したのは、顔に面をつけた老齢の男性だった。私は気圧されながらも炭治郎君のメモを見せ、口を開いた。

「竈門炭治郎君の紹介でここに来ました。私は鬼狩りの記憶が薄らあるんです。もっと細かいことを思い出したくて、訪ねさせていただきました」

するとその人物は背中を向け、小さく「ついてこい」と言った。案内された部屋にあったのは、古い書物や刀だった。私は伸ばした手を止め、鱗滝さんに尋ねる。

「これは全部、貴方の持ち物なんですか?」
「自分のものもあるし、死んでいった隊士の形見もある。好きなだけ見ていけ」

鱗滝さんはそう言って奥の部屋へ去ってしまった。私は手を伸ばし刀に触れる。するとあの時代の息苦しさ、生命力、恨み、憎しみが一気に伝わってくる。私が幼い頃から抱いているあの記憶は夢ではないのだと、触れた瞬間に直感した。

「……もう帰ろう」

冨岡がそう言ったのは、鱗滝さんの家に来て三十分程が経った頃だった。正直私はまだまだ見ていたいし、これらのものを前にしたらいくらでも時間を潰せるのだが、冨岡が言うならそうするしかなかった。

「そうだね」

私達は鱗滝さんに一声かけて駅への道を辿り、電車に揺られて元の街へ辿り着いた。私達は疲れきって会話すらしなかった。気付けば陽が沈みかけていて、私は長いこと冨岡を連れ回してしまったのだなと思った。

「今日は一日ありがとう。やっぱりあの約束を守る気はもうないんだね、義勇さん」

冨岡のアパートの前で、私は薄ら笑顔を浮かべて言った。冨岡はまるで時が止まったかのように、大きく目を見開いたまま動こうともしなかった。

「気付いて……いたのか……?」
「うん。今日見た夢で、はっきり顔を思い出した。でも確証が欲しくて誘った。確信したのは、昔約束した覚えがあるとしか言ってないのに『前世』って言い出した時かな」

ダメだよ、ちゃんと知らないふりしなきゃ。私の声が届いているのかも分からないほどに、義勇さんは酷く動揺している。前世では見られなかった表情が見られることが嬉しいようで、少し切ない。

「でも知らないふりするってことはあの約束はなかったことにしたいんだね。今日は付き合わせてごめんね」

私がそう言って歩き出そうとした時、ようやく喋ることを思い出したかのように「違う!」と義勇さんが言った。私が今までに聞いたこともない大声だった。

「俺は約束を裏切って……お前より先に死んだ。今更どんな顔をして会えばいいか、分からなかった」

私は義勇さんから目を逸らして西の空を見た。沈もうとする太陽が最後の力を振り絞ったかのように、雲も空も紅く染まっていた。あの頃よく見ていた、人間の血を思い出した。

「もし今の俺がお前を傷つけてしまったのなら……今度こそ俺を忘れてくれ」

私は義勇さんの方まで歩き、義勇さんの前で立ち止まって義勇さんを見上げた。義勇さんの瞳が不安に揺らいでいる。私は義勇さんの顔に手を伸ばし、両手で頬を覆った。

「義勇さんはそうしたい?」
「いや、俺は忘れられたくない……今度こそお前と一緒にいたい」

それはあの頃色々なものが立ちはだかってできなかった正直な気持ちの吐露だった。義勇さんは何かと抱えてしまう人だから、あの頃だって言えたのはせいぜい「一緒にいよう」という約束くらいで好きだとか付き合おうとかはとうとう言うことがなかった。今世もその癖は変わっていないらしい。

「今の世の中じゃね、『一生一緒にいる』っていうのは結婚するって意味なんだよ」
「知っている。前世でも似たような意味で言った」
「ほんと?」
「本当だ」

私はふと笑って義勇さんの頬から手を離し歩き出した。後ろで義勇さんが慌てたように振り向く気配がした。

「義勇さんと結婚生活が送れるかどうか、試しに今日は一日泊まります」
「ああ……好きにしろ……」

大股で歩く私の後ろを義勇さんが脱力したように歩く。そんな場面が見られるのならば、転生も悪くないと思った。