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 上京したきっかけは飛雄を追いかけたかったからだった。東京への憧れもあるが、一番は彼氏である飛雄と離れ離れになりたくなかったのだ。私は安いアパート、飛雄はチームの寮であるが、私達は揃って東京へ行った。私が大学三回生になる頃には、飛雄はすっかり頭角を現し始めていた。

 飛雄にファンがつくことはまだ我慢できた。それは有名人の運命だ。だが私までファンの一部かのような扱いをされると耐えきれなかった。素っ気ないのは昔からだと知っていても、どうしても飛雄にとって特別でありたいのだ。

「私を一番に見てよ!」

 痺れをきらして叫んだ私に、飛雄はけろりとした表情で言った。

「なら今日一緒に寝てくれ」

 私は思わず怒りを忘れる。セックスレスになったわけではない。だがこうして言葉で誘われるのは久しぶりだった。昔に戻ったかのようなときめきが胸に溢れる。私は処女のような気持ちでベッドに横になった。爪の手入れを入念に終えた飛雄は、ベッドに上がると布団をかけた。

「……何してんの?」

 普通はここで私にのしかかるはずではなかろうか。飛雄の行動はまるで今から睡眠をとろうとしているようだ。

「寝るんだよ」

 平然とのたまう飛雄に、言葉の意味を確認せずにはいられない。

「寝るってどういうこと? 何もしないで朝まで寝る気?」

 私の言葉は十分棘を含んだものであったと思う。だが飛雄は何の毒気もなしに枕の上で横を向いた。

「あ? 一緒に寝れば目覚めて一番に見るのはお前だろ」
「そういう意味じゃないし! てか寝るならヤってよ!」

 隣で私が犬のように吠えても飛雄は意に介さない様子で目を閉じる。

「お前の機嫌が直るまではヤんねぇよ。おやすみ」
「ちょっと起きろ!」

 抗うも、すぐに寝息をたて始めた飛雄に心が折れる。しかし、飛雄がセックスをするなら二人の気持ちが通じ合っている時、と決めていたのは意外だった。今までもいい雰囲気の時しかしたことはなかったが、意外と可愛らしい所もあるものだ。私はすっかり飛雄にしてやられて、静かに目を閉じた。