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「恋人に戻ろう」

 リビングでテレビを見ている最中、当然後ろからかけられた言葉に呼吸が止まった。私達は結婚している。それも数ヶ月前籍を入れたばかりの、所謂新婚だ。私はこの数ヶ月を幸せに思っていただけど、聖臣はそうではなかったのだろうか。混乱する頭の奥で、家族や友達には何と言おうか、と思考を走らせる。私の心など知らず、聖臣は私の後ろに腰を下ろすと抱き締めた。

 フるくせに何を、と抵抗したくなる。いや、恋人ではあるのだから夫婦という関係性が面倒臭くなっただけなのだろうか。聖臣が結婚をせず恋人のままでいたいという、ずぼらな男のようなことを望むとは思わなかった。聖臣は私の肩口に顔を乗せて喋り出す。

「最近のお前にはときめきが足りない。俺が話しかけただけで飛び上がって喜べ」

 張り詰めていた心が一気に解放される。私は深いため息をついてから、聖臣の手に手を重ねた。

「離婚かと思ったじゃん……人騒がせな……ていうかそこまで舞い上がったことないし!」

 私達の恋愛は私の片思いから始まった。一方的な私の思いに聖臣が振り向いてくれたのは、私が聖臣を好きになってから一年が経ってからのことだった。その間聖臣には大層可笑しく映っていたことだろう。だが話しかけられただけで飛び上がったことなどないはずだ。多分。

「俺と初めて話した時緊張で吃ってただろ」

 結婚している相手に初めて会った時のことを持ち出されても、今更再現は不可能である。

「何年も一緒にいる人に対して今更緊張するとか無理だから! もう聖臣は一緒にいるだけで安心する存在なの!」

 聖臣の申し出を断るように強い口調で言う。今更結婚をなかったことにするなどできない。私の面子も考えてほしいものだ。

 私としては聖臣を叱るようなつもりだったのだが、聖臣は何が気に入ったのか「ふーん」と言ってどこかへ行ってしまった。その後ろ姿は心なしかご機嫌であるように思える。結婚したというのに、聖臣の生態がまるでわからない。