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 牛島君は私の前に現れ、彼らしくない語気の弱さで口にした。

「すまない。好きだ」
「何で謝るの?」

 普通告白とは、もう少し甘い空気に包まれるものではないだろうか。牛島君は少しも緊張していないし、色恋に浮かれた様子もない。一つ言うとすれば、牛島君はここまで自信のない表情ができるのかというくらい、普段の威厳はなかった。まるで今の牛島君は捨てられた子犬のようだ。それでも凛とした雰囲気はあるのだから、生来のオーラのようなものがあるのだろうと思った。

「前に俺が好きだと言ったら、俺のせいで注目されるようになって迷惑した女子がいた」

 牛島君も恋愛するのだ、と告白されている時に浮かべるべきでない考えをよそに、私は頭を働かせる。牛島君は有名だ。全国常連のバレー部のエースで、日本の高校生の中でもトップスリーに入るらしい。近付けばわかる性格の良さや姿の美しさも相まって、牛島君は女子に人気があった。そうでなくても、牛島君は注目を集めている。牛島君が好きと言った女子は誰かと、周りが詮索するのは仕方ないことだった。その経験から牛島君は自分が恋愛するのをよしとしなかったのかもしれない。有名人であるがゆえに、自分に錠をかけていたのだ。

「少なくとも私は迷惑なんかじゃない。嬉しいよ。牛島君の好きって気持ちは素晴らしいものだよ」

 私は牛島君が恋愛を嫌いにならないように、善人らしい声色で言い聞かせた。それは告白の返事というより牛島君に対しての助言であったかもしれない。牛島君は「苗字、ありがとう」と言うと去って行った。多分、これでよかったのだ。

 その翌日、私は登校するなり視線を集めた。牛島君に告白されたという噂が広まっているのだろうか。正直気になるが、ここで病むような様子を見せればまた牛島君が恋愛に奥手になってしまう。堂々と教室に入った時、友人の一人が駆け付けた。

「名前、牛島君と付き合ったってほんと?」


「どういうこと?」

 私は牛島君を呼び出し、問い詰める。昨日のような優しさは全くなかった。牛島君も普段通りの堂々とした顔をしていた。

「嬉しいと言ったからオーケーという意味なのだと思った」
「言ってないし!」

 やはり噂の出所は牛島君だったのだ。勘違いにもほどがある。フラストレーションを溜める私に、牛島君が問いかけた。

「じゃあ俺のことを好きではないのか?」

 私の動きが止まる。この学校の大半の女子と同様に、牛島君を格好いいと思っていたのは事実だ。だからこそ嬉しいと言った。だが、牛島君の行動に怒っている今、本人に聞かれるととても答えづらい。

「す……好きだけど」

 仕方なしに答えると、牛島君は「ならいい」と言って踵を返した。その背中を見ながら私は呆気にとられる。昨日の、恋愛に弱気な牛島君はどこへ行ったのだろう。あれほど慎重な顔を見せていたくせに、ふたを開けてみたら王様ではないか。驚きつつも、嫌にならない私は既に相当彼のことを好きなのかもしれなかった。