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「キスして」

 半ば自棄になった吐いた言葉に、飛雄は目を輝かせて飛びついた。

「いいのか!」

 途端に吸われる唇の感覚を味わいながら、心の中でため息をつく。キス一つでときめく時期はとっくに過ぎてしまった。昔から感じていたことだが、飛雄は察しが悪い。

 漸く飛雄が私から離れると、私は乳をやり終えた後の母親のような気持ちで飛雄を見据えた。

「普通私に何か嫌なことあったのかなとか思わない?」

 私は普段からキスやセックスをねだる方ではない。飛雄に求められたり、雰囲気に流されるようにして応じてきたのだ。それが自ら溺れるようになれば、心配するのが普通ではないだろうか。飛雄はあっけらかんとした顔をしていた。

「嫌なことがあってもお前は俺といれば勝手に幸せになるだろ」
「むかつく!」

 私は思わず叫ぶ。勝手に幸せになる、とまで思っているのだから飛雄に私を気にかける気はないのだろう。手のかからない女は時として足元を見られているような気持ちになるものだ。私の気持ちなど知らずに、飛雄は不思議そうな表情を浮かべた。

「違ぇのか?」
「違わないからむかつくって言ってんの!」

 悲しいかな、私は飛雄の読み通り飛雄がいるだけで幸せになってしまう簡単な女なのである。単細胞の飛雄ですら読み切れる女だということに悔しさすら感じる。しかし何だかんだと言って、私は飛雄が好きなのだ。でなければ、飛雄に気付いてほしくて腕に抱きついたりしない。

「……むかつく」

 飛雄に頭を擦り付けると、しおらしくなった私に少しは変化を見出したらしかった。飛雄の大きな手が、私の頭に載せられる。

「俺は好きだ」

 まるで素直にそう言えない私に当てつけをするかのようだ。ねじ曲がった思考しかできない私にも、飛雄は優しい。