▼ ▲ ▼

「貸してくれるの!? ありがとう、みっちゃん大好き!」

 私がクラスの中心で大げさに騒いだからだろうか。自席へ戻ると、赤司君はほのかに笑っていた。

「君は好きだと随分簡単に言うんだね」

 赤司君は席が隣だというだけで、特別親しいわけではない。だから私は赤司君のことをよく知らない。赤司君がどういった時に好きと言うか、などという恋愛観念においては殊更未知の領域だった。しかし、今のは恋愛ではなく親愛としての好きなのだ。

「友達への好きだからね。クラスメイトにも、部活の後輩にも、簡単に言えるよ。赤司くんも――」

 好き、と言おうとした時、赤司君が普段から整えられている襟元を正して、まるで童話の中の王子様がするように跪いた。その行動が似合ってしまうのだから流石である。私は目を瞬いて、赤司君に問いかけた。

「赤司君、何してるの?」

 赤司君は優しく笑い、温かい視線を私へ寄越す。

「好きだと言ってくれるんだろう?」

 確かに私が言おうとしていたのはその言葉なのだけど、意味合いが違う。跪かれてはまるで恋愛としての好きを言っているようではないか。赤司君は跪いたまま私の言葉を待っている様子だ。この調子では私が言うまで体勢を直したりしないのだろう。次第にクラスメイトの視線も集まり始めている。この際だ。私の好きは友愛の好きだと言い聞かせて、私は口を開いた。

「赤司君、好きだよ」
「オレもだよ」

 すかさず返され、私はしないと決めていたのに照れてしまう。私から好きだと言うのはいいが、跪いている人から返されると本当にそういう雰囲気になってしまう。

「これだと……なんか……」

 歯切れの悪い私の代わりに、「愛の告白をしているみたい?」と赤司君が言葉を引き取った。その笑みは面白がっているのか、はたまた私を慈しんでいるのかわかりやしない。赤司君は漸く席に着くと、何事もなかったかのように次の授業の教科書を取り出した。

「すまないね、苗字にその気がないのはわかっているけど、オレがその気になりたいだけなんだ」

 私はもごもごと口籠る。この際告白まがいのことをされていることはどうでもいい。問題なのは、私も「その気に」なってしまったことである。私の気持ちも知らず、隣の赤司君は涼しそうな顔をしていた。