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「佐久早、今日一緒に飯食わねぇ?」

 古森は人懐っこいとはいえ、一人で過ごせない人物ではない。佐久早をご飯に誘ったのも、何か話があるからなのだろう。だが生憎今日の佐久早には先約があった。委員会の件で話し合っておくべきことがあるため、苗字と食べる約束をしていたのである。とはいえ、ご飯のついでに話すくらいなのだから苗字の話も古森の話も大したことないのだろう。二人が知り合いであることを思い出しつつ、佐久早は問いかけた。

「苗字もいるけどいいか」

 コミュニケーション能力の塊のような古森ならば、何度か話したことがある苗字とも友達のようにご飯を食べられると思っていたのである。しかし目の前の古森は、困ったというように眉を下げた。

「苗字さんさぁ、俺のこと好きなの丸わかりで苦手なんだよな」

 付き合いは長いが、古森のことはわからないものである。普通好意を持たれたら嬉しいものではないだろうか。

「好かれてるならいいだろ」
「けどあまりにもあからさまっつーか……」

 佐久早は古森がいる時の苗字の様子を思い出す。確かに、そういったことに疎い佐久早の目にも苗字が古森を好きであることは理解できた。古森は変な所を気にするから、あまり得意ではないのかもしれない。

「嫌ならフればいい」

 フる、とは全国優勝をしてからミーハーな女子が集まってくるようになった佐久早の得意技である。気まずいと思うならいっそ断ち切ればいい。しかし古森はけろりとして言った。

「いや俺苗字さんのこと嫌いなんて一言も言ってないかんね?」

 佐久早は暫く黙り込み、古森の言ったことを咀嚼する。古森は苗字のことを嫌っているわけではない、いや、限りなく前向きに捉えているのだ。

「つまりお前は気があるくせに返事せずに放置してるわけか」

 佐久早が苦虫を噛み潰したような顔で言うと、古森は佐久早の陰鬱な雰囲気を吹き飛ばすように笑った。

「そんな嫌そうな顔すんなよ。両片思い期間楽しんでるだけだろ?」

 古森の言っていることの聞こえはいいが、要は弄んでいるだけである。

「苦手なんだろ」

 佐久早が咎めるように言うと、古森は溌剌と返した。

「他の人がいると気まずいだけ!」

 周りに苗字の気持ちを把握されて急かされるのが面倒なだけで、苗字に好かれること自体は悪く思っていないのだ。ややこしい奴に好かれてしまったものだと、苗字に同情した。