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 私から資料を受け取った赤葦は、目もくれることなくパソコンの画面を凝視している。昨日は徹夜だったのだろうか。どことなく顔に疲れが浮かんでいる。最低限の身だしなみには気を遣っているものの、とても同年代の男のように異性を意識したものではなかった。

「赤葦って恋愛する気ないの? ほら同じ部署にも可愛い子いるじゃん」

 先輩のよしみだろうか。ついつい私はお節介を焼いてしまう。赤葦は優秀な人材だ。婚活市場に出れば引っ張りだこだと思うのだけど、どうも本人は仕事に夢中らしい。その内婚期逃すよ、と言えるほど私も私生活が充実しているわけではないけれど。

 赤葦はこちらを振り返ることもせずに言った。

「社内恋愛する気があるならとっくに苗字さんを好きになってます」
「あ、はい……」

 私は思わずしおらしくなる。まさか赤葦に異性として見られているとは思わなかったのだ。そのようなことを簡単に口にしてしまう赤葦が憎い。

「なんていうか赤葦って私のこと評価してくれてるんだね」

 気恥ずかしさを誤魔化すように私は呟く。とうに赤葦への用は終わったというのに、赤葦の元を去る気にはなれなかった。幸いと言うべきか定時は過ぎているので、無駄話を睨む人はいない。本当は二人きりで浮いた話をしたかった、と思うのは贅沢だろうか。赤葦はまるで恋愛の駆け引きをしているとは思えない冷静さで言った。

「その通りです。なので異動することになったらラインお願いします」
「了解です」

 私は背筋を正し、赤葦のデスクを去る。これではどちらが先輩かわかったものではない。